オンリー・ア・ノーザン・ソング

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オンリー・ア・ノーザン・ソング
ビートルズ楽曲
収録アルバム イエロー・サブマリン
リリース 1969年1月13日(U.S)
1969年1月17日(UK)
録音 アビー・ロード・スタジオ
1967年2月13日 - 14日, 4月20日
ジャンル サイケデリック・ロック
エクスペリメンタル・ロック
時間 3分27秒
レーベル アップル・レコード
作詞者 ジョージ・ハリスン
プロデュース ジョージ・マーティン
その他収録アルバム

ザ・ビートルズ・アンソロジー2
イエロー・サブマリン 〜ソングトラック〜

イエロー・サブマリン 収録曲
A面
  1. イエロー・サブマリン
  2. オンリー・ア・ノーザン・ソング
  3. オール・トゥゲザー・ナウ
  4. ヘイ・ブルドッグ
  5. イッツ・オール・トゥ・マッチ
  6. 愛こそはすべて
B面
  1. 「ペパーランド」
  2. 「シー・オブ・タイム」
  3. 「シー・オブ・ホールズ」
  4. 「シー・オブ・モンスターズ」
  5. 「マーチ・オブ・ミーニーズ」
  6. 「ペパーランド・レイド・ウエイスト」
  7. 「イエロー・サブマリン・イン・ペパーランド」
ザ・ビートルズ・アンソロジー2 収録曲
グッド・モーニング・グッド・モーニング
(6)
オンリー・ア・ノーザン・ソング
(7)
ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト (Takes 1 and 2)
(8)
イエロー・サブマリン 〜ソングトラック〜 収録曲
ベイビー・ユーアー・ア・リッチ・マン
(10)
オンリー・ア・ノーザン・ソング
(11)
愛こそはすべて
(12)

オンリー・ア・ノーザン・ソング (Only A Northern Song) はビートルズの楽曲である。

解説[編集]

本作のコンポーザーはジョージ・ハリスンである。1969年1月に発表されたアルバム『イエロー・サブマリン』(ビートルズが主人公の同名アニメーション映画のサウンドトラックアルバム)に収録された。不協和音のようなトランペットやテープループなどを駆使したサイケデリック調の音作りにはビートルズ後期の特色が現われている。複雑で覚えにくいメロディーはジョージ・ハリスン特有のものである。

ミキシングに関して[編集]

本作は録音の際に2つの別々のテイクに追加録音を行い、その2本を同時にシンクロさせてミキシングするという複雑な方法をとったため、ステレオ・ミックスでは同様のシンクロが再現できなかった。そのためアルバム『イエロー・サブマリン』のステレオ盤においてはいわゆる疑似ステレオ・ヴァージョンが収録されていた。またモノラル盤には疑似ステレオ化したものを再度モノラルにミックス・ダウンしたものが収録されていた。CD化に際しては初版以降疑似ステレオ・ヴァージョンが収録されていたが、2009年9月9日発売のリマスター盤はオリジナルのモノラル・ヴァージョンが収録された。

リアル・ステレオ・ヴァージョンは1999年9月13日にリリースされた『イエロー・サブマリン 〜ソングトラック〜』において初めて収録された。ただし、従来のヴァージョンとは効果音が多少異なる。また『イエロー・サブマリン 〜ソングトラック〜』がリリースされる前の、1996年3月18日に発表された『ザ・ビートルズ・アンソロジー2』には本作の別テイクが収録されており、そちらもリアル・ステレオ・ヴァージョンとなっている。ただしこのテイクはスーパー・インポーズはなく再生速度は若干早くなっている。

エピソード[編集]

この曲はタイトル(単なるノーザン・ソング)の通りで、ジョージがビートルズのオリジナル曲の約9割の版権を所有する音楽出版社『ノーザン・ソングス(Northern Songs Ltd.)』を貶した曲である。ノーザン・ソングスは1963年ブライアン・エプスタインとディック・ジェイムズが設立した会社で、曲を書いていたジョン・レノンポール・マッカートニーは株主でもあった。

ビートルズは3枚目のシングル「フロム・ミー・トゥ・ユー/サンキュー・ガール」以降、オリジナル曲の著作権を自分たちの会社であるノーザン・ソングスに管理させていた。1965年に発表されたアルバム『4人はアイドル』に収録した「アイ・ニード・ユー」「ユー・ライク・ミー・トゥ・マッチ」からジョージの自作曲の著作権もノーザン・ソングスが管理していたが、設立当時曲を作っていなかったジョージ・ハリスンとリンゴ・スターは、ノーザン・ソングスの株主ではなく契約ソング・ライターにすぎなかったのである。この扱いに不満をもっていたジョージが、どんなにがんばって曲を書いても結局自分とは関係ないノーザン・ソングスのものになってしまうという皮肉を込めて作った曲である[1]

ジョージはこのアルバム『イエロー・サブマリン』が発表された1969年、自分の曲の著作権を管理する会社ハリソングス(Harrisongs Ltd.)をつくり、前年に発表されたアルバム『ザ・ビートルズ』(通称『ホワイト・アルバム』)に収録された自作曲4曲の著作権をこの会社に移行しているが(それまではアップル・パブリッシング)、この曲「オンリー・ア・ノーザン・ソング」はノーザン・ソングス名義だった。これはこの曲が2年前の1967年に発表されたアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のセッション中に完成した曲で、その時点で著作権登録がなされたためである[2]

収録アルバム[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「僕がどんなコードを弾こうが、どんな詞で歌おうが、問題にはならない」という歌詞が登場する。
  2. ^ なお、この曲と同じくアルバム『イエロー・サブマリン』に収録された「イッツ・オール・トゥ・マッチ」がノーザン・ソングス名義で発表されたジョージ作の最後の公式発表曲である。