オリンピックのコソボ選手団
| オリンピックのコソボ選手団 | ||||
| コソボの国旗 | ||||
| IOCコード: | KOS | |||
| NOC: | コソボオリンピック委員会 公式サイト | |||
| オリンピック | ||||
| メダル |
金 3 |
銀 1 |
銅 1 |
計 5 |
| 夏季オリンピックコソボ選手団 | ||||
| 2016 • 2020 • 2024 | ||||
| 冬季オリンピックコソボ選手団 | ||||
| 2018 • 2022 • 2026 | ||||
| 関連選手団 | ||||
オリンピックのコソボ選手団(オリンピックのコソボせんしゅだん)は、かつてユーゴスラビアを構成し、2008年2月に独立したコソボのオリンピック選手団。
コソボ選手団は、ユーゴスラビアを構成する共和国の一部として1920年アントワープオリンピックから1992年アルベールビルオリンピックまで参加。ユーゴスラビア崩壊後は、少数派であるセルビア人選手のみが、セルビア・モンテネグロ(ユーゴスラビア連邦共和国時代含む)の一員として参加、2008年2月にコソボが独立宣言後もセルビアの一員として参加を続けた。多数派であるアルバニア人選手がコソボ代表として出場を叶えたのは、1992年に創設されたコソボオリンピック委員会が2014年12月9日にIOCによって正式に承認された後の事である[1]。夏季オリンピックの2016年リオデジャネイロオリンピックで初めてコソボとして参加、冬季オリンピックには2018年平昌オリンピックから参加している。
概要
[編集]1920年アントワープオリンピックから1992年アルベールビルオリンピックまでは、コソボ在住の選手は旧ユーゴスラビアの一員としてオリンピックに参加してきた。1960年ローマオリンピックではコソボ出身であるミルティン・ショシュキッチ、ファフルディン・ユスフィ、ヴラディミル・ドゥルコヴィッチの3名のサッカー選手がユーゴスラビアサッカーチームの一員として金メダルを獲得した。1984年ロサンゼルスオリンピックではボクシングのアジズ・サリフが、コソボ出身者として初の個人戦でのメダルとなる銅メダルを獲得した[2]。
ユーゴスラビア崩壊後、コソボに居住する少数派のセルビア人選手のみが、セルビアモンテネグロ及びセルビアの一員としてオリンピックに参加してきた。2008年2月17日にコソボがセルビアからの独立を宣言して以降も、コソボのセルビア人選手はセルビアの旗の下でのオリンピック参加を選択した。一方で、コソボに居住する多数派のアルバニア人側はコソボからのオリンピック出場を模索した。その1人で2009年の世界ジュニアチャンピオンである柔道女子52kg級のマイリンダ・ケルメンディは、2012年ロンドンオリンピックにコソボ代表での出場を希望したが、当時はコソボオリンピック委員会がIOCに承認されていなかったために、叶わなかった。妥協案として「個人参加選手団」の一員としてオリンピック出場を望んだものの、ケルメンディはコソボ以外にアルバニアのパスポートも所有している関係からアルバニア代表として国際大会に出場した経験があり、IOCがアルバニアに支給したオリンピック奨学金を貰い、さらには、アルバニアオリンピック委員会も既にケルメンディをアルバニア代表として選出している状況下では、IOCの名の下での個人参加ではなく、アルバニア代表として出場することが適切であるとの理由で、IOC側に拒否された。そのため、隣国のアルバニア代表としてオリンピックに出場することを余儀なくされた[3][4]。
コソボオリンピック委員会は1992年に創設された[5]。2014年10月22日にはIOCに暫定加盟が認められると、12月9日にはモナコで開催された第127次IOC総会において、正式加盟が承認された。その時点でコソボは国連の加盟国でも国連オブザーバーでもなかったが、193の国連加盟国のうち108ヶ国から主権国家としての承認を受けていた[6][7]。
2016年リオデジャネイロオリンピックの開会式には、2013年と2014年の世界チャンピオンであり、2014年のヨーロッパチャンピオンでもあるマイリンダ・ケルメンディがコソボ選手団の旗手として参加[8]、柔道の女子52kg級に出場し、金メダルを獲得。コソボはオリンピック初出場にして金メダルを獲得することとなった。2020年東京オリンピックでも柔道の女子48kg級でディストリア・クラスニキが、女子57kg級でノラ・ジャコヴァがそれぞれ金メダルを獲得した。
メダル獲得数一覧
[編集]夏季オリンピック
[編集]| 大会名 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
|---|---|---|---|---|
| 1920 アントワープ - 1988 ソウル | ||||
| 1992 バルセロナ | ||||
| 1996 アトランタ | ||||
| 2000 シドニー | ||||
| 2004 アテネ | ||||
| 2008 北京 | ||||
| 2012 ロンドン | 不参加[注 1] | |||
| 2016 リオデジャネイロ | 1 | 0 | 0 | 1 |
| 2020 東京 | 2 | 0 | 0 | 2 |
| 2024 パリ | 0 | 1 | 1 | 2 |
| 合計 | 3 | 1 | 1 | 5 |
冬季オリンピック
[編集]| 大会名 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
|---|---|---|---|---|
| 1924 シャモニー - 1992 アルベールビル | (1932, 1960を除く) | |||
| 1998 長野 | ||||
| 2002 ソルトレークシティ | ||||
| 2006 トリノ | ||||
| 2010 バンクーバー | ||||
| 2014 ソチ | 不参加 | |||
| 2018 平昌 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2022 北京 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 合計 | 0 | 0 | 0 | 0 |
夏季オリンピック競技別
[編集]| 競技 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
|---|---|---|---|---|
| 3 | 1 | 1 | 5 | |
| 計 (競技数: 1) | 3 | 1 | 1 | 5 |
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 柔道のマイリンダ・ケルメンディ選手のみアルバニア選手団の一員として参加した。
出典
[編集]- ↑ Wilson, Shephen (2014年12月9日). “Kosovo granted full IOC recognition; can send own team to Olympics in Rio de Janeiro”. The Republic News (英語). 2014年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ.
- ↑ Heijmans, Jeroen (2014年11月4日). “Kosovo - Unrecognized states at the Olympics” (英語). OlympStats. 2015年10月8日閲覧。
- ↑ “London 2012 Olympics: Kosovo athlete barred from competing as independent”. The Guardian (英語). 2012年5月25日.
- ↑ “London 2012: Judoka's Kosovo Olympic bid turned down” (英語). BBC (2012年5月25日). 2015年10月8日閲覧。
- ↑ “IOC grants provisional recognition to Kosovo Olympic Committee” (英語). Olympic.org. 国際オリンピック委員会 (2014年10月22日). 2014年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月8日閲覧。
- ↑ “127th IOC Session comes to close in Monaco” (英語). Olympic.org. 国際オリンピック委員会 (2014年12月9日). 2015年1月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月8日閲覧。
- ↑ “Kosovo granted provisional Olympic recognition by IOC” (英語). ロイター. 2014年10月23日.
- ↑ “Majlinda Kelmendi carries the flag of Kosovo at Rio 2016” (英語). 100Judo.com (2014年12月9日). 2014年12月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月8日閲覧。
外部リンク
[編集]- コソボオリンピック委員会
- オリンピックのコソボ選手団 - Olympics.com
- オリンピックのコソボ選手団 - Olympic Analytics
- オリンピックのコソボ選手団 - Olympedia