オトル・アイヒャー
オトル・アイヒャー(Otl Aicher, 1922年3月13日 - 1991年9月1日)は、20世紀ドイツを代表するグラフィックデザイナー、タイポグラファー(書体デザイナー)。
1952年に、反ナチス・ドイツの抵抗運動・白薔薇の一員で1943年に処刑されたハンス・ショールとソフィ・ショールの妹、イング(Inge Scholl)と結婚。
1953年に、デザイナーのマックス・ビル(Max Bill)と妻を伴い、ウルム造形大学(Hochschule für Gestaltung Ulm)を設立する。この美術学校は1950年代から1960年代にかけて、ドイツにおけるデザイン教育の中心地となった。オトルは理論と実践によりヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(視覚伝達デザイン)の概念と具体的な方向を打ち出した。
関連作品[編集]
1969年にはルフトハンザドイツ航空のコーポレート・ブランディングおよびロゴ・デザインに関わった。
アイヒャーは1972年のミュンヘン・オリンピックのデザイナーのリーダーとして知られる。彼は、現在では公共標識でも広く使われている絵記号(ピクトグラム)の立役者でもある[1]。また、オリンピック・マスコットを公式に初めてデザインした。ワルディー(Waldi)という縞のダックスフント犬である。
1988年にRotis(ローティス)というフォント・ファミリーをデザインした。このフォントは彼が事務所を構えていたドイツの地名ローティスにちなんで名付けられた。