オステオパシー

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オステオパシー
治療法
1898年のマニュアルに示された勃起不全の治療法
ICD-10-PCS 7
ICD-9-CM 93.6
MeSH D026301
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オステオパシー(osteopathy)は、アメリカ合衆国ミズーリ州カークスビル在住の医師アンドリュー・テーラー・スティルによって創始された代替医療。日本には、大正期にはカイロプラクティック(脊椎指圧療法)、スポンディロセラピー(脊椎反射療法)[1]と同様にアメリカから導入され、指圧整体など日本の手技療法に大きな影響を与え、共に「療術」と呼ばれていた。(このうちスポンディロセラピーは現在では衰退している。)

オステオパシーはギリシア語のOsteon()とPathos(病理治療)の2つを語源とし、日本では整骨療法と呼ばれていたこともあるが(大正期には「整体術」「整体」とも訳されたようである[2])、骨や筋肉のみを調整する手技とは異なり、骨格などの運動器系動脈静脈リンパなどの循環器系脳脊髄液の循環を含む脳神経系など、解剖学的あるいは生理学的な広範囲の医学知識の元に、手を使って治療を加える。そのため、オステオパスの手指の感覚は研ぎ澄まされている。オステオパシーとは、ひとつの哲学であり、1. 身体全体をひとつのユニットとして考える、2. 身体の機能と構造は一体のものであると考える、3. 自然治癒力を鼓舞することを主眼とする、独特の医学体系を持つ。

オステオパシーとは、療法を指す用語ではない。たとえば、東洋医学の中に鍼療法があるように、オステオパシー医学という医療哲学のひとつの体系のことである。従って、その意味では、オステオパシー「療法」というのは正しくない。

アメリカの旧・国立補完代替医療センター(現・国立補完統合衛生センター)による補完・代替医療の分類の一つ「手技療法と身体技法」(Manipulative and Body-Based Practices)には、脊椎の徒手整復術(マニピュレーション)、マッサージ療法などがあるが、これらはカイロプラクティックやオステオパシーの概念が背景にある[3]。日本を含め現代の手技療法への影響は大きい。

歴史[編集]

スティルは南北戦争の従軍医師であったが、二人の息子と養子を次々と髄膜炎によって亡くし、自分の無力さに嘆き、それから研究を重ね10年後の1874年にオステオパシーを創始した。

元々、スティルは人体の自然治癒力を阻害している原因は骨にあるとしていたが、後に筋肉やリンパ、内臓、神経、血管等の異常を治せば自然治癒力が高まると提唱した。

当初は西洋医学からは受け入れられなかったが、多くの人に支持され、1892年にアメリカン・スクール・オブ・オステオパシー(現在のA. T. Still University)がミズーリ州に設立され、1910年に医学認可を受ける。

日本にオステオパシーが入ってきた時期は、公にはレイチェル・リードD.O.が京都看病婦学校でオステオパシーの講演を行った1904年3月15日(明治37年)である。オステオパシーの名称を本格的に紹介したのは山田信一[4]で、1920年(大正9年)10月20日に発行した『山田式整體術講習録』(山田式整体術講習録)に具体的な内容が見られる[5]。この本は3巻からなり、第1巻はプラナ療法(プラーナ療法)、第2巻はオステオパシーの原理、第3巻は当時霊術の一つであった精神療法が紹介されている。ロバート・C. フルフォードなどは、オステオパシー自体が日本の整体を元にしているとのべているが[要出典]、しかし「整体」という言葉自体、オステオパシーやカイロプラクティックの訳語として大正期に使われるようになった用語であるといわれ、これ以前に日本で整体と呼ばれる手技療法はなかったと考えられている[2]。日本では、オステオパシーそのものの形ではなく、種々あって一つの理論がないといえる整体の一分野に形を変えて行われてきたが、戦後オステオパシー医が来日するようになり、オステオパシーが独自の手技療法として広まるようになった。本格的なセミナーはイギリスのアラン・スタッダードやカリフォルニアとオステオパシー総本家のカークスビル大学のテニング学長以下2人の教授が来日してからである。 現在、カークスビル・オステオパシー医科大卒の森田博也D.O.がいる。

基礎理論[編集]

オステオパシーでは、次のような基本的理論のもとに治療を行っている。

  • 身体はひとつのユニットであり、身体の諸器官や組織は互いに関連して機能している。
  • 身体の機能と構造は相互に関係する。
  • 身体は自己治癒力を備えている。
  • 自己治癒力を上回る何らかの外力または内的変化が生じた時に病気が発生する。
  • そのような機能障害(オステオパシーでは体性機能障害(Somatic dysfunction)を、筋、関節、靭帯、神経、血液(動脈・静脈)、リンパ液、脳脊髄液、内臓などを総合的に観察した上で、矯正することにより、体に備わっている本来の自然治癒力を引き出し健康に導く。

従って、本来は整骨という意味であるが、現在では骨や関節のみならず、身体全体の器官や組織全てを治療対象としているため、オステオパシーを整骨療法、整骨医学と翻訳するのは適切とは言えない。アメリカオステオパシー学会でも、整骨医学ではなく、オステオパシーという名称として認定している。

また、治療法は、大きくわけて次の2つに分類される。

直接法
ある部位の機能障害を起こした時、その動きには一定の制限(バリア)が生じる。すなわち生理学的な限界点が異常に変化し、センターポイント(中心点)から近い状態になる。直接法はそのような病的限界の先に力学的動作を加えることにより、生理学的限界を正常に近づけようとするものである。
間接法
直接法とは逆に、より生理学的限界のセンターポイントより遠い方、すなわち、その部位が動きやすい方向に力を加え、誇張する。生理学的な限界が遠い方向は、オステオパシーでは機能障害という。例えば、骨が右に異常弯曲している状態では、骨は右に動きやすいが、左には動きにくい。動きやすい方は病的な方向であるので、右側機能障害という。間接法はその機能障害の方向にあえて動作を加えることにより、脳に異常な様態を認識させ、正常に戻す治癒力を発揮させて治そうとするものである。

各々の方法にはさまざまな手法があり、両者を兼ね備えたものもある。何れにせよ治療を行うのには、詳細な解剖学的知識、生理学的知識が必要であり、またその知識を触診をもって正確に判断し、その結果をもとに適切な治療を加える繊細な技量が必要である。従って当然、短い時間での習得は困難であり、少なくとも数千時間以上に及ぶ医学的教育と技術の習得、研鑽を持たないと、正しいオステオパシーにおける治療を行うことは困難であるのは言うまでもない。

そのためか日本においては、乏しい知識と貧弱な技術、時には誤ったり誤解に基づいた理論に従いつつもオステオパシーと標榜したり、あるいは短期で習得できるようなことを宣伝するような学校も少なくない。しかし、それでは決してオステオパシーにおける治療を行うことはできない。ただし、オステオパシーの手技は愛護的なものが多いので、患者に大きな危害を加える可能性は極めて低く安全である。そのため、いわゆる「癒し」などに使われることが多い。

主要な手法[編集]

直接法
制限に対して直接外力を加えることにより、可動性を正常に回復する方法である。そのように制限に対して直接アプローチすることから直接法と呼ばれる。てこの原理を応用して行う方法(力点と作用点間の長さにより短てこ法と長てこ法に分類)、瞬間に圧力を入れて行う高速低振幅法(スラスト法)、日本では古賀正秀が始めたので古賀技法とも呼ばれている、メンネルM.Dが始めた短い振幅を連続的に与える方法などがある。短時間で効果を現すが、解剖学的な要素や生理学的限界を感知せずに行うと、過誤を起こしやすい。
間接法
制限のない方法、すなわちオステオパシーで言う機能障害の方向に動かしていく。この手法では、機能障害を誇張させることによって脳神経にその状態を把握させ正常な状態に戻す信号を出すようにさせる。緩やかな手技が多く人体に過剰な刺激を与えないが、正確な手技を行わないと効果を得にくい。
ストレイン&カウンターストレイン
緊張した筋と拮抗的な位置にある筋との間にアンバランスが生じると、痛みが生じる。ストレイン&カウンターストレインは、緊張した筋肉を見つけるために圧痛点Tender Point(発痛点Trigger Pointではない)を探し、その点をモニターしながら緊張部位を最大限にゆるめた位置で90秒程度維持し、緊張した筋肉と拮抗的な筋肉のバランスを取ることにより、痛みから解放させるもの。アメリカのローレンス・ジョーンズD.Oが開発した手法で大変普及している手法ではあるが、Tender Pointを捜すために優れた触診力が必要であり、また、最も筋が緊張をゆるめる位置を捜す触診力と解剖学的知識が必要である。この手法は名称がアメリカ・日本などで商標登録されているため、理学療法ではポジショナルリリースセラピーという名称で行われることがある。
筋・筋膜リリース
筋膜の緊張に対して、引き延ばすように直接法を行ったり、あるいは収縮させるように間接法的に行ったりしてバランスを整える手法であり、本来はマッサージの技法のひとつ。
筋エネルギー法
患者の力を利用しその力に抵抗しながら筋肉を収縮させ、筋や関節の動きを改善する方法。患者の体力にあわせて行えるため危険性の少ない手法である。
スティルテクニック
ヴァン・バスカーフD.Oが、種々の資料を基にオステオパシー創始者であるスティル博士のテクニックを再現したテクニック。関節の解剖学的構造を考え、直接法と間接法の両方を特徴を持つ技法である。
頭蓋オステオパシー(クラニオセイクラルセラピー、クラニアル)
ウィリアム・G・サザーランドが開発した治療法。硬膜に緊張があったり頭蓋骨に動きの制限があると脳脊髄液の流れに不調が現れ、その結果全身の神経機能に影響を及ぼし、身体機能が不調に陥る。また硬膜は大孔、第2頚椎、第2仙椎と連続性が見られ、頭蓋の動きの不調すなわち硬膜の緊張は、脊柱全体に影響を及ぼす。頭蓋オステオパシーでは、頭蓋・硬膜の変調を触診で見いだし調整することにより全身状態を改善させる。技術のない人が行うと効果がないばかりか、めまいや吐き気、頭痛、倦怠感、集中力欠如、うつ、様々な痛みなどをおこす可能性もある。この頭蓋オステオパシーを簡略化し家庭でも行えるようにしたのが、アプレジャー博士の頭蓋仙骨療法である。また、サザーランドの手技はSOTなどカイロプラクティック等にも影響を与えた。
靱帯性関節ストレイン法
頭蓋オステオパシーを開発したサザーランド博士、創始者のスティル博士に緒を発するといわれている。呼吸を応用する手法や間接法を主に直接法も含まれている。
内臓マニピュレーション
フランスのジャン ピエール バラルD.O.、MRO (F)が始めた手法。内臓には呼吸に伴う動きと自発的な動きがあるが、それらを調整することにより内臓を円滑な機能にさせる。
誇張法
斉藤巳乗MRO(J)が創始した手法できわめて弱い力で機能障害を誇張し改善させる。時には、特に四肢においては直接法的にも行う。
クラシカルオステオパシー
アメリカにおいては、オステオパシーの歴史の中でさまざまな手法が開発されていったのに対し、イギリスでは、スティルに学んだリトルジョンが持ち帰った古典的な手法を今に伝えている。また、原則に従いながら様々な研究も行われより効果的なものが伝えられている。スティルは徹底して解剖学を重視し、リトルジョンは生理学的な考えのもとでの治療も必要であることを主張した。両者とも解剖学と生理学は相互に関係性を持っていることは十分に理解していた事は、間違いのない事実である。それはスティルの四大原則からもうかがえる。このイギリスで行われるオステオパシーの手法を、古典的手法を現代に伝えたものとして、一般的にクラシカルオステオパシーと呼ぶ。スティルによって提唱された四大原則(1.身体には自己治癒力と自己調節の機能が備わっている 2.構造(解剖学)と機能(生理学)は相互に関係がある 3.身体は肉体、精神(魂)が全体として働くひとつのユニットである 4、これらに基づいて合理的な治療を行う)を忠実に遵守し、オステオパシー本来の源流を汲むものである。
FDM(Fascial Distortion Model)
1991年にスティーブン・ティパルドスD.O.が創始した手技療法。FDM(ファッシャルディストーションモデル、旧オーソパシックメディスン)とは、“筋膜歪曲様式”と訳すことが出来る。急性損傷や慢性疾患を、人体を構成する組織に生じた変化と捉え、それを手技による矯正技術により直接的に元の状態に戻す画期的な療法である。FDMでは、損傷は人体組織に発生する6種類の変化のうち、1つ、あるいは複数の組み合わせから構成されると定義されている。今現在、日本、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、アフリカに協会があり、その全てを統括するFDM国際連合(FDM-GO)の代表は田中啓介FDM.O
※ここで言う“組織”とは、腱、靭帯、筋支帯、筋膜バンド、癒着、そして周囲を取り囲む他の組織、骨、神経、器官などを構成する、人体の主要な結合組織を意味している。

医療・医業等との関連[編集]

アメリカではオステオパスはドクター・オブ・オステオパシー(Doctor of Osteopathy)(D.O.)と呼ばれる第一職業学位First professional degree)・称号を有し、西洋医学医師(M.D.)と同様に正規の医師である。D.O.はすべての州で「医師免許」を認可されており、西洋医学医師(M.D.)と全く同等に「診断・外科手術・処方・投薬」等の全ての「医行為」が認められている。オステオパシー医学を学ぶ医学校も、西洋医学医師(M.D.)を輩出する医学校と同様に、大学院レベルに設置されており、通常は4年制である。現在では専門の手技療法を医学教育の最終段階で多少学ぶ程度の様であり、手技療法だけで治療しているD.O.は少数派である。また、D.O.は臨床研修(レジデンシー)を経た後は、類似する分野である整形外科医のみならず、救急救命医・一般内科医等の専門を選ぶ事もできる。アメリカ軍の軍医の中にはD.O.の医師も多数存在している。ちなみにアメリカでカイロプラクターは、ドクター・オブ・カイロプラクティック (Doctor of Chiropractic) (D.C)などと称されるが、正規の医師ではない。M.D、D.Oと違い代替医療に分類されるが、D.O.の存在は一般アメリカ人にとってあまり知られていないものである。

アメリカ以外の国(イギリスやオーストラリアなど)では、D.O.ではなく、オステオパスの学士号(Bachelor of Osteopathy, B.Ost)や修士号(Master in Osteopathy, M.Ost)が習得できる。

日本では、整体・カイロプラクティック同様、無資格の無届医業類似行為である。

法律上の問題[編集]

上記にもあるが日本では法制化されていない為、法に定められる以外の民間療法行為となる。国家免許資格である医師、「あん摩」、「マッサージ」、「指圧」を施術するあん摩マッサージ指圧師と違い、最低限の医学知識は担保されていないので、施術者選びは慎重に行う必要がある。

医業類似行為[編集]

1960年の最高裁判決で、医業類似行為業、すなわち「手技、温熱、電気、光線、刺激等の療術行為」について、禁止処罰の対象となるのは、人の健康に害を及ぼす恐れのある業務に限局されると判示し、実際に禁止処罰を行うには、単に業として人に施術を行ったという事実を認定するだけでなく、その施術が人の健康に害を及ぼす恐れがあることの認定が必要であるとしている。

また、当該医業類似行為の施術が医学的観点から少しでも人体に危害を及ぼすおそれがあれば、人の健康に害を及ぼす恐れがあるものとして禁止処罰の対象となるものと解される事とした。

脚注・出典[編集]

  1. ^ 脊椎の棘突起やその両側の皮膚 ・筋肉に叩打、押圧、振動法、温熱 ・冷却などの刺激をおこない脊髄反射中枢に刺激を与え治癒をうながす療法。現在では衰退しているが、指圧整体、身体均整法の源流のひとつといわれる。“あんま・マッサージ・指圧師” の国家資格を取得するための教科書にも、指圧に影響を与えたものとしてオステオパシー、カイロプラクティックと共に名前を挙げられている。(指田太志)
  2. ^ a b 津田昌樹 「整体」、今西二郎 編『医療従事者のための補完・代替医療』 金芳堂、2009年、改訂2版
  3. ^ がんの補完代替医療 ガイドブック 第3版
  4. ^ オステオパシーのパイオニアであり、のちに整体に大きな影響を与えた整体操法委員会に(委員長・野口晴哉)参加している。
  5. ^ 日本におけるオステオパシー医学の歴史 日本オステオパシー医学会

関連項目[編集]

外部リンク[編集]