オスカー・モルゲンシュテルン

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オスカー・モルゲンシュテルン
オーストリア学派
生誕 (1902-01-24) 1902年1月24日
ドイツの旗 ドイツ帝国 ゲルリッツ
死没 (1977-07-26) 1977年7月26日(75歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニュージャージー州プリンストン
国籍 ドイツの旗 ドイツ
 オーストリア
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
研究機関 プリンストン大学
ニューヨーク大学
Mathematica Policy Research英語版
研究分野 ゲーム理論
母校 ウィーン大学
実績 『ゲームの理論と経済行動』
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オスカー・モルゲンシュテルン(Oskar Morgenstern, 1902年1月24日 - 1977年7月26日)は、ドイツ生まれで、オーストリアで学び、アメリカで活躍した経済学者

ジョン・フォン・ノイマンと共にゲーム理論を経済学の世界へと持ち込み現在のミクロ経済学の基礎をつくりあげた。日本におけるゲーム理論の父である鈴木光男の師。日本人の間でオスカー・モルゲンシュタインともいう。

略歴[編集]

人物・研究[編集]

  • 母はドイツ帝国皇帝フリードリヒ3世庶子。フリードリヒ3世は、お抱え庭師の娘を自分が妊娠させたことを知り、庭師の一家に相当額の財産を与えたが、その財産は浪費により失われた(モルゲンシュテルン死去に際して『サイエンス』誌に載った訃報による。"Game theorist Morgenstern dies" Science, Aug.12, 1977; 197: 649)。
  • オーストリア学派の中で育ち、完全予見を否定する論文を書く異端児であった。
  • プリンストン大学奉職後、数学者エドヴァルド・チェックにノイマンを紹介され、ノイマンの生み出したゲーム理論の重要性を見抜いて共同研究し、経済学に応用した。1944年に出版されたノイマンとの共著『ゲームの理論と経済行動』では、ノイマンが理論的な部分の大半を担当し、経済分析の大部分はモルゲンシュテルンが担当したとされる[1][2]
  • 彼の研究のうちゲーム理論以外にも、フォン・ノイマン多部門成長モデルの再構築は経済学において重要な意味を持っている。
  • また、国内総生産は誤差が5%以上あるとして、GDPに否定的な見方を示している[3]

日本語訳著書[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]