オスウェゴ (ニューヨーク州)

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オスウェゴ
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City of Oswego
マーケットハウス
愛称:港の都市
オスウェゴの位置(ニューヨーク州内)
オスウェゴ
オスウェゴ
ニューヨーク州におけるオスウェゴの位置
座標: 北緯43度27分17秒 西経76度30分24秒 / 北緯43.45472度 西経76.50667度 / 43.45472; -76.50667
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州の旗 ニューヨーク州
オスウェゴ郡
行政
 - 種別 市長・市政委員会方式
 - 市長 トマス・W・ジレン(民主党
面積
 -  11.2mi2 (29.1km2)
 - 陸地 7.7mi2 (7.7km2)
 - 水面 3.6mi2 (3.6km2)  31%
標高 285ft (87m)
人口 (2010年)[1]
 -  18,142人
 都市部 18,096 (2,000 census)人
等時帯 東部標準時
郵便番号 13126
市外局番 315
FIPS code 36-55574
GNIS feature ID 0959525
ウェブサイト www.oswegony.org

オスウェゴ: Oswego[ɒsˈwɡ]オスウィーゴウ)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州の北中部、オスウェゴ郡の都市であり、同郡の郡庁所在地である。2010年国勢調査での人口は18,142 人だった。オンタリオ湖岸にあり、「ニューヨーク州中央部の港湾都市」を自称している。

オスウェゴ市は、西にオスウェゴ町、南にミネット町、東にスクリバ町と接し、北はオンタリオ湖である。オスウェゴ・スピードウェイは全国的に知られた自動車レース場である。ニューヨーク州立大学オスウェゴ校が市域の直ぐ外、湖岸にある。「オスウェゴ」という名称は、モンタナ州オレゴン州レイクオスウェゴ)、イリノイ州カンザス州でも使われている。

歴史[編集]

開拓初期[編集]

1722年、イギリスがこの地域に交易基地を設立し、長い防柵で守りを固め、後にはオスウェゴ砦と呼んだ。現在のオンタリオ砦の場所で最初に要塞化されたものは1755年にイギリスが建設したものであり、「シックスネーションズの砦」と呼ばれた

軍事基地[編集]

オンタリオ砦はフレンチ・インディアン戦争中の1756年、オスウィーゴ砦の戦いフランス軍が占領した時に破壊された。2代目の砦の建設は1759年に同じ場所で始まったが、大砲の据え付けのみに使われた。アメリカ独立戦争のとき、イギリス軍は砦を放棄し、1778年にはアメリカ軍が砦を破壊した。1782年、イギリス軍がオンタリオ砦を再度占領し、独立革命における敵対活動が終わってから13年後の1796年までアメリカに渡さなかった。米英戦争(1812年-1815年)のとき、オスウェゴ砦の弱いアメリカ軍守備隊が優勢なイギリス軍にあって壊滅した。イギリス軍はニューヨーク州内陸部からの物資の流れを止めようとした。19世紀を通じて、アメリカ軍はオンタリオ砦への駐屯を続けた。

第二次世界大戦中、この砦は主にユダヤ人避難民を「抑留」するために使われた(安全避難場)。

1946年、砦はニューヨーク州に移管された。このとき戦後期の退役兵やその家族を収容するために使われた。

砦を歴史史跡として開発する動きは1949年に始まり、その中には「安全避難場博物館」もあった。現在の砦は1839年から1844年に建設されたものである。砦外壁の主要な石工改良が行われたが未完のままとなり、1872年には連邦議会がその資金手当てを中断した。1901年までに古い砦は放棄されていた。

今日、オンタリオ砦は1867年から1872年の外観に合わせて修復された。1869年から1869年に砦に駐屯した士官、兵士、文民の生活を再現するために当時の紛争をした解説者が駐在している。

町の成長[編集]

オスウェゴは1828年3月14日に村として法人化され[2]エリー運河の支線であるオスウェゴ運河は1829年にこの地域まで開通した。1848年には市として再度法人化された。この市としての法人化のとき、その市域と人口は町のために報告された数字から控除された。1850年代、アメリカ合衆国で水治療法運動が起こり、それが成長を促し、オスウェゴには「オスウェゴ水治療」施設ができて、ストーンウォール・ジャクソンが1850年8月に訪れたとされている[3]

オスウェゴにはオスウェゴ港があり、かつては鉄道が数本通って鉄道のハブになっていた。ニューヨーク・セントラル鉄道デラウェア・ラッカワナ・アンド・ウェスタン鉄道、ニューヨーク・オンタリオ・アンド・ウェスタン鉄道が通っていた。鉄道はオスウェゴ港で蒸気船に燃料を補給するために石炭トレッスル橋を使っていた。ニューヨーク・セントラル鉄道やデラウェア鉄道が使っていた駅が残っており、ニューヨーク・セントラル鉄道の貨物駅もある。ニューヨーク・オンタリオ・アンド・ウェスタン鉄道に関するものは何も残っておらず、1957年に完全に廃棄された。トンネルは軌道敷跡地トレイルとして使われている。

1909年のオスウェゴ市パノラマ写真

地理[編集]

オンタリオ湖に流れ込むオスウェゴ川

アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、市域全面積は11.2平方マイル (29.1 km2)であり、このうち陸地7.7平方マイル (19.8 km2)、水域は3.6平方マイル (9.2 km2)で水域率は31.76%である。

オスウェゴ市はオンタリオ湖の南東岸、オスウェゴ川の河口にあり、シラキュース市からは北に35マイル (56 km)、ロチェスター市から東に69マイル (110 km) に位置している。

ニューヨーク州道481号線がオスウェゴから南にフルトンとシラキュースに抜けている。州道104号線は東西に走り、西はロチェスターに至り、東は州間高速道路81号線に接続する。最寄りの都市はオスウェゴとシラキュースの中間にあるフルトン市である。

オスウェゴがオンタリオ湖の東岸にあるので、スノーベルトの中心であり、湖水効果雪の深い積雪を見ることが多い。アメリカでも最大級の積雪がある町であり、冬によって300インチ (760 cm) 以上の積雪になることもある。2007年、オスウェゴでは2週間で約130インチ (330 cm) の雪が降って全国の注目を集めた。これは102インチ (259 cm) の積雪があった1966年吹雪の記録を破った。この嵐の結果として、教育学区が1週間全ての施設を閉鎖し、冬の休暇期間も変えることになった。

オスウェゴから近い場所と町[編集]

  • オスウェゴ町
  • ミネット町 - オスウェゴ市の南
  • スクリバ町 - オスウェゴ市の東
  • サウスウェストオスウェゴ - 市の西部にある小集落
  • フルートバレー - 市の西部にある小集落

気候[編集]

オスウェゴの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °F (°C) 69
(21)
63
(17)
83
(28)
90
(32)
91
(33)
96
(36)
95
(35)
97
(36)
96
(36)
86
(30)
78
(26)
69
(21)
97
(36)
平均最高気温 °F (°C) 30.0
(−1.1)
32.7
(0.4)
40.6
(4.8)
53.2
(11.8)
64.8
(18.2)
74.5
(23.6)
79.2
(26.2)
78.0
(25.6)
70.4
(21.3)
58.3
(14.6)
46.7
(8.2)
35.2
(1.8)
55.4
(13)
平均最低気温 °F (°C) 18.1
(−7.7)
20.1
(−6.6)
27.0
(−2.8)
37.6
(3.1)
47.0
(8.3)
56.8
(13.8)
62.6
(17)
61.6
(16.4)
54.5
(12.5)
44.2
(6.8)
35.4
(1.9)
24.8
(−4)
40.9
(4.9)
最低気温記録 °F (°C) −21
(−29)
−21
(−29)
−9
(−23)
13
(−11)
28
(−2)
36
(2)
44
(7)
42
(6)
30
(−1)
21
(−6)
5
(−15)
−23
(−31)
−23
(−31)
降水量 inch (mm) 3.68
(93.5)
2.80
(71.1)
3.17
(80.5)
3.33
(84.6)
3.30
(83.8)
3.10
(78.7)
3.20
(81.3)
3.43
(87.1)
4.10
(104.1)
4.07
(103.4)
4.43
(112.5)
3.85
(97.8)
42.46
(1,078.5)
降雪量 inch (cm) 45.6
(115.8)
33.2
(84.3)
16.5
(41.9)
3.8
(9.7)
0.0
(0)
0.0
(0)
0.0
(0)
0.0
(0)
0.0
(0)
0.2
(0.5)
8.3
(21.1)
33.4
(84.8)
141
(358.1)
平均降水日数 (≥ 0.01 in) 20.4 16.3 15.4 14.1 12.6 11.8 10.6 11.0 12.3 14.8 16.8 19.0 175.1
平均降雪日数 (≥ 0.1 in) 19.4 14.4 9.3 2.6 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.4 5.3 14.8 66.2
出典 1: NOAA (normals, 1981–2010)[4]
出典 2: Western Regional Climate Center (extremes 1926–present)[5]

人口動態[編集]

以下は2010年国勢調査による人口統計データである[1]

基礎データ

  • 人口: 18,142 人
  • 世帯数: 7,486 世帯
  • 家族数: 3,896 家族
  • 人口密度: 905.0人/km2(2,343.4 人/mi2
  • 住居数: 8,258 軒

人種別人口構成

収入[編集]

収入と家計

  • 収入の中央値
    • 世帯: 39,867米ドル
    • 家族: 57,324米ドル
    • 性別
      • 男性: 50,074米ドル
      • 女性: 33,211米ドル
  • 人口1人あたり収入: 21.139米ドル
  • 貧困線以下
    • 対人口: 24.2%
    • 対家族数: 14.4%

政治[編集]

オスウェゴ市の政治は1人の市長と[6]、7人の委員による市政委員会が行っている。委員は市内7つの選挙区からそれぞれ1人が選ばれる。

州議会では上院の第48選挙区に[7]、下院の第124選挙区に入っている[8]。2015年時点ではいずれも共和党員を選出している。

連邦議会下院ではニューヨーク州第24選挙kに入っている[9]。2015年時点では共和党員を選出している。

著名な出身者[編集]

文化とレクリエーション[編集]

レクリエーションの釣り、1900年頃

オスウェゴには15世紀から続く長い歴史がある。訪問者はH・リー・ホワイト海洋博物館、リチャードソン・ベイツ邸、オンタリオ砦などの博物館を訪れることで市の歴史について学ぶことができる。市全体と公共公園には歴史上の人物を顕彰する多くの歴史記念碑が見られ、現在の歴史地区に立っている砦もある。市内には、マーケット・ハウス、オスウェゴ武器庫、オスウェゴ市役所、オスウェゴ市図書館、オスウェゴ郡庁舎、オスウェゴ・ヨットクラブ、タナー・ブロック、アメリカ合衆国税関などアメリカ合衆国国家歴史登録財に指定される多くの場所がある[11]

最も著名な歴史家はローズマリー・ネズビットであり、市の署名公共公園であるブライトベック公園にある記念碑で記憶されている。毎年のハロウィーンでは、伝統的に長い銀色の髪を流し、幽霊のガウンを着て、市の歴史全体にわたる幽霊話を語る。海洋博物館を設立した人物でもあるネズビットは、市の歴史に関する様々な書物を書き、2009年8月2日死んだ。84歳だった[12]

人気作品『マドレーヌ』シリーズで知られる作家ルドウィッヒ・ベーメルマンスは1917年からオンタリオ砦に駐在していた。その時の経験から、1937年に『アメリカ合衆国での私の戦争』を書いた。

ボート遊び、釣り、ハイキングも住民や観光客が楽しむ活動である。オスウェゴには、アイススケートのリンクが3つ、オンタリオ砦の敷地に大型公共プール、ボウリング場、歴史あるオスウェゴ劇場もある。

市は毎年、オスウェゴ・ハーバーフェスト[13]を開催している。音楽、文化と食事の4日間の祭がオスウェゴ港周辺で開催され、土曜の夜の花火大会が最大の行事である。この行事は地元企業が後援しており、娯楽の大半は入場料無料である。毎年15万人から30万人の観衆を集め続けている。

2007年、ニューヨーク大学オスウェゴ校レイカーズの男子ホッケーチームがNCAAディビジョンIIIアイスホッケー選手権で優勝した。このレイカーズはチームスポーツで全国的なタイトルを取った初めての機会となった。2006年から2007年のシーズンは、オスウェゴがオンタリオ湖にある最新式の新築キャンパス・センターでプレイした最初のシーズンとなった。これは1964年に開館したロムニー・フィールド・ハウスに代替する施設である。ニューヨーク州立大学システムの中では最初に建設したアイスホッケー・リンクとなった。

メディア[編集]

市内の新聞は「パラジウム・タイムス」[14]、「オスウェゴ・カウンティ・トゥディ」[15]、学生新聞の「ジ・オスウェゴニアン」[16]、さらに「オスウェゴNYリオン」[17]が発行されており、ラジオは6局、テレビは2局がある。オスウェゴはシラキュース・テレビ市場に入っている。

教育[編集]

オスウェゴ市はオスウェゴ市教育学区に入っている。この学区には高校1校、中学校1校、小学校5校が入っている。ニューヨーク州立大学オスウェゴ校は市の西の外側、オスウェゴ町にある。トリニティ・カトリック学校(元セントポールズ・アカデミー)が幼稚園前から6年生を教えている。オスウェゴ・コミュニティ・クリスチャン学校は幼稚園前から8年生を教えている。

脚注[編集]

  1. ^ a b American FactFinder”. United States Census Bureau. 2011年5月14日閲覧。
  2. ^ Onondaga, or, Reminiscences of Earlier and Later Times by Joshua Victor Hopkins Clark and spouse Jenna Arcese (Syracuse, 1849; page 391)
  3. ^ Samaritan Medical Center (September 2008). “Stonewall Jackson and the Henderson Hydropath”. in Samaritan Medical Center Newsletter. No.42. http://library.samaritanhealth.com/library/Newsletter/SMCNewsletter42.pdf 2009年12月13日閲覧。. 
  4. ^ NY Oswego East”. National Oceanic and Atmospheric Administration. 2013年7月10日閲覧。
  5. ^ Oswego East, New York”. Western Regional Climate Center. 2013年7月10日閲覧。
  6. ^ City of Oswego Mayor's Office”. oswegony.org. 2012年8月7日閲覧。
  7. ^ Patty Ritchie”. New York State Senate. 2012年7月25日閲覧。
  8. ^ New York State Assembly - Member Section”. Assembly.state.ny.us. 2010年5月17日閲覧。
  9. ^ U.S. Congressman John Katko”. katko.house.gov. 2015年4月3日閲覧。
  10. ^ Joseph Anthony Bellardini”. IMDb. 2012年10月30日閲覧。
  11. ^ National Park Service (2009-03-13). "National Register Information System". National Register of Historic Places. National Park Service. 
  12. ^ Historian leaves a legacy of her own - The Palladium-Times : News”. Palltimes.com. 2013年8月10日閲覧。
  13. ^ Oswego Harborfest
  14. ^ The Palladium Times newspaper
  15. ^ Oswego County Today
  16. ^ The Oswegonian
  17. ^ OswegoNYlion

外部リンク[編集]