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エーベルス・パピルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エーベルス・パピルスの癌治療に関する記述[1][2]

エーベルス・パピルス(Ebers Papyrus)は、紀元前1550年頃に書かれたエジプト医学パピルスである。古代エジプト医学について記したパピルスとしては、最古級の医学資料である。1873年から1874年の冬に、ルクソールでエジプト史学者ゲオルグ・エーベルスによって購入された。現在はドイツライプツィヒ大学図書館に収蔵されている。

文書

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このパピルスは紀元前1500年頃に書かれたものだが、紀元前3400年頃に遡るより以前の文章を書き写したものだと考えられている[3]。110ページあり、長さは約20mである[1]カフン婦人科パピルス英語版(紀元前約1800年)、エドウィン・スミス・パピルス(紀元前約1600年)、ハースト・パピルス英語版(紀元前約1600年)、ブルグシュ・パピルス英語版(紀元前約1300年)等と並び、エーベルス・パピルスは、現在まで伝わる最も古い医学文書の1つである。ブルグシュ・パピルスにはエーベルス・パピルスと共通する記述もあり、エーベルス・パピルスの文章の意味を明確にする手助けにもなっている。

医学知識

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エーベルス・パピルスはヒエラティックで書かれ、古代エジプト時代の医学知識を現代に伝える最もボリュームのある文書になっている。この中には、700程の魔法の調合法や治療薬が記されている。また病気の原因となっている悪魔を退散させる多くの呪文についても記されている。また、心臓についての「論文」も含まれ、心臓は体内の血液供給の中心に位置し、血管で全身の器官と繋がっていることが記されている。エジプト人は腎臓についてはほとんど知らず、心臓は血液尿精液等の全ての体液を運ぶ管が集まる場所と捉えていたと考えられる。傷や体の穴から入り込んだ異物や有害物質(wekhedu ウェケドゥ)が血管に詰まると病気が発生するとされている[4]

Book of Heartsと呼ばれる章には、うつ病認知症のような精神障害についての記述が詳細に書かれている[5]。これらの記述は、エジプト人が精神と肉体の疾患を同じように捉えていたことを示唆している。他にもエーベルス・パピルスには、避妊法、妊娠の診断等の婦人科医学、消化器疾患寄生虫眼病皮膚病虫歯膿瘍外科手術接骨火傷等についての章もある。

主に植物由来の328種の材料を使った876種の処方薬が記載されている[5]

治療薬

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エーベルス・パピルスの気管支喘息に関する記述

エーベルス・パピルスに書かれた治療薬には、次のようなものがある。

気管支喘息
気管支喘息の患者には、れんがで温めたハーブのミックスの煙を吸入させる。
胃痛の患者の胃を空にするためには、牛乳 1:穀物 1:蜂蜜 1で混ぜたものをすり潰し、ふるい、加熱し、4度に分けて与える。
腹痛の治療薬は、シナガワハギ 1:ナツメヤシ 1をオイルの中で加熱し、痛い部分に塗る。
に対しては、「何もしないこと」が推奨されている。
服飾
服飾にネコ脂肪を添加することで、ネズミラットから身を守ることができる。
創傷治療薬
カビの生えたパンを塗布する方法が書かれており、抗生物質の効果を利用していたとされる[6][7]
タマネギ半分とビールの泡は、「死に対する治療薬」だと考えられていた。
メジナ虫症[1]
メジナ虫症には、虫の新しいほうの端を枝の周りに覆い、ゆっくりと押し出す(3500年後もこの方法は標準的な治療法である[8])。

黄土粘土の利用

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様々な疾患の共通の治療薬として書かれているものに、黄土がある。例えば、様々な消化器疾患[9]や眼病[10]に処方される。また泌尿器疾患の治療薬としても用いられる[3]

忌避剤

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農作物につく害虫除け[11]害獣除けについても記述されている[12][13]

例として、穀物倉庫まわりで火を焚き、ガゼルの糞やネズミの尿などを焼くことが記述される[14]

近代の歴史

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エドウィン・スミス・パピルスと同様に、エーベルス・パピルスは1862年エドウィン・スミスによって所有された。パピルスの出所は分かっていないが、テーベの共同墓地にあるアサシーフ地区にあるミイラの脚の間から発見されたと言われている。少なくとも、"a large medical papyrus in the possession of Edwin Smith, an American farmer of Luxor."の宣伝として古物商のカタログに載せられて世間に公表された1869年までは、エドウィン・スミスによって所有されていた(Breasted 1930)。その後、1872年ドイツエジプト学者で小説家のゲオルグ・エーベルスが購入し、その名前が名づけられた。1875年に、エーベルスは英語ラテン語の語彙と序文を付けたファクシミリ版を出版したが、全文訳は1890年にH. Joachimが初めて行った。エーベルスがライプツィヒエジプト学会の会長を退任した後も、エーベルス・パピルスはライプツィヒ大学の図書館に残された。パピルスの英語訳はPaul Ghaliounguiによって公表された。

出典

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  1. ^ a b Ludwig Christian Stern (1875). Ebers G. ed (German). Papyros Ebers: Das hermetische Buch uber die Arzeneimittel der alten Agypter in hieratischer Schrift, herausgegeben mit Inhaltsangabe und Einleitung versehen von Georg Ebers, mit Hieroglyphisch-Lateinischem Glossar von Ludwig Stern, mit Unterstutzung des Koniglich Sachsischen Cultusministerium. 2 (1 ed.). Leipzig: W. Englemann. https://books.google.com/?id=LjBxSQAACAAJ&dq=Papyros+Ebers:+Das+hermetische+Buch+%C3%BCber+die+Arzeneimittel+der+alten+%C3%84gypter+in+hieratischer+Schrift+Georg+Ebers 2010年9月18日閲覧。 
  2. ^ United States National Library of Medicine|U. S. National Medical Library at the National Institutes of Health.
  3. ^ a b Mysticism and Urology in Ancient Egypt, by Jennifer Gordetsky, MD(PDF file)
  4. ^ Metwaly, Ahmed M.; Ghoneim, Mohammed M.; Eissa, Ibrahim H.; Elsehemy, Islam A.; Mostafa, Ahmad E.; Hegazy, Mostafa M.; Afifi, Wael M.; Dou, Deqiang (2021-10). “Traditional ancient Egyptian medicine: A review”. Saudi Journal of Biological Sciences 28 (10): 5823–5832. doi:10.1016/j.sjbs.2021.06.044. ISSN 1319-562X. PMC 8459052. PMID 34588897. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8459052/. 
  5. ^ a b Metwaly, Ahmed M.; Ghoneim, Mohammed M.; Eissa, Ibrahim H.; Elsehemy, Islam A.; Mostafa, Ahmad E.; Hegazy, Mostafa M.; Afifi, Wael M.; Dou, Deqiang (2021-10). “Traditional ancient Egyptian medicine: A review”. Saudi Journal of Biological Sciences 28 (10): 5823–5832. doi:10.1016/j.sjbs.2021.06.044. ISSN 1319-562X. PMC 8459052. PMID 34588897. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8459052/. 
  6. ^ 世界初の抗生物質、古代エジプトのパンから発見 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)”. forbesjapan.com. 2025年12月16日閲覧。
  7. ^ 創薬には新しいアプローチが必要である | Nature Outlook 薬剤耐性(AMR)”. www.natureasia.com. 2025年12月16日閲覧。
  8. ^ Uniformed Services University of the Health Sciences. “Dracunculiasis”. Tropical Medicine Central Resource. 2008年7月15日閲覧。
  9. ^ PAPYRUS EBERS, 1937 translation.
  10. ^ Recipes for Treating the Eyes: Papyrus Ebers
  11. ^ Panagiotakopulu, Eva; Buckland, Paul C.; Day, Peter M.; Doumas, C. (1995-09-01). “Natural insecticides and insect repellents in antiquity: A review of the evidence”. Journal of Archaeological Science 22 (5): 705–710. doi:10.1016/S0305-4403(95)80156-1. ISSN 0305-4403. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305440395801561. 
  12. ^ 『Uses & Abuses of Plant-Derived Smoke Ebers Papyrus』 出版社:Oxford University Press、p21
  13. ^ Levinson, Hermann; Levinson, Anna (1990-07-01). “Die Ungezieferplagen und Anfänge der Schädlingsbekämpfung im Alten Orient” (ドイツ語). Anzeiger für Schädlingskunde, Pflanzenschutz, Umweltschutz 63 (5): 81–96. doi:10.1007/BF01904690. ISSN 1612-4766. https://doi.org/10.1007/BF01904690. 
  14. ^ Bryan, Cyril (1931) (English). The Papyrus Ebers / translated from the German version. New York: Appleton. pp. 1633–167 

参考文献

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  • Pommerening, Tanja, "Altagyptische Hohlmasse Metrologisch neu Interpretiert" and relevant pharmaceutical and medical knowledge, an abstract, Phillips-Universtat, Marburg, 8-11-2004, taken from "Die Altagyptsche Hohlmasse" in studien zur Altagyptischen Kultur, Beiheft, 10, Hamburg, Buske-Verlag, 2005
  • Scholl, Reinhold, Der Papyrus Ebers. Die groste Buchrolle zur Heilkunde Altagyptens(Schriften aus der Universitatsbibliothek 7), Leipzig 2002; ISBN 3-910108-93-8.

関連項目

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外部リンク

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