エンリコ・フェルミ炉

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エンリコ・フェルミ炉(エンリコフェルミろ)またはエンリコ・フェルミ高速増殖炉(エンリコフェルミぞうしょくろ、英語:Enrico Fermi Fast Breeder Reactor)はアメリカ合衆国ミシガン州デトロイト郊外のエンリコ・フェルミ原子力発電所(en:Enrico Fermi Nuclear Generating Station)内にあった高速増殖炉試験炉である[1]。建設開始は1961年[2][3]

事故[編集]

1966年10月5日に、炉心溶融を起こした。事故の原因は炉内の流路に張り付けた耐熱板が剥がれて冷却材の流路を閉塞したためである[4][5]原子炉の炉心溶融事故が実際に発生した最初の例とされている。

また、蒸気発生器では伝熱管破損及び溶接不良によるトラブルが発生した。

備考[編集]

後に炉心融解事故について書かれたドキュメンタリーのタイトルは、『我々はデトロイトを失うところであった』(We almost lost Detroit(英語版)、日本語翻訳版『原子炉災害 : ドキュメント』)である[6]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

注・出典[編集]

  1. ^ 原子力安全委員会『原子力安全白書』平成5年版
  2. ^ 高木仁三郎『もんじゅ事故と日本のプルトニウム』(1997年、七つ森書館)
  3. ^ 『高木仁三郎著作集 4 プルトーンの火』(2001年、七つ森書館)pp.556 -
  4. ^ 京都大学原子炉実験所ホームページ 2005.3.28 第100回安全ゼミ レジュメ(3月22日) 小林圭二 高速増殖炉「もんじゅ」 -過去・現在・未来-
  5. ^ 中井靖「エンリコフェルミ高速炉の燃料溶融事故とナトリウム冷却炉の設計と運転上の問題点」、『日本機械学會誌』第71巻第592号、一般社団法人日本機械学会、1968年5月5日NAID 110002466870
  6. ^ John G. Fuller(1976) p.185.