エル・トポ
| エル・トポ | |
|---|---|
| El Topo | |
| 監督 | アレハンドロ・ホドロフスキー |
| 脚本 | アレハンドロ・ホドロフスキー |
| 製作 | アラン・クライン |
| 出演者 |
アレハンドロ・ホドロフスキー ブロンティス・ホドロフスキー |
| 音楽 | アレハンドロ・ホドロフスキー |
| 撮影 | ラファエル・コルキディ |
| 公開 |
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| 上映時間 | 123分 |
| 製作国 |
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| 言語 | スペイン語 |
| 製作費 | $400,000 |
『エル・トポ』(原題:El Topo)は、1970年に公開されたメキシコ映画。数奇な運命の果てに悟りを開く黒衣のガンマンを描いた西部劇。アレハンドロ・ホドロフスキーが監督・脚本・音楽・主演を務める。タイトルはスペイン語でモグラの意。
当時、批評家からは酷評されるも、その独特の世界観や描写から公開当初よりコアな人気を持ち、ミッドナイトムービーの奔りとして、カルト映画の代表作の1つとして認識される。
プロット
[編集]黒衣のガンマンであるエル・トポは、幼い息子イホと共に1匹の馬に乗って砂漠を旅をしている。ある日、略奪と虐殺を受けた町にたどり着き、それを起こした集団のリーダーである軍人をアジトの修道院にて殺害する。エル・トポは修道士たちに息子を預けると、大佐の慰み者であった美女を連れて旅を再会する。エル・トポは女をマーラと名付け、水と食料を得るために奇跡を起こす。エル・トポが彼女を強姦したと思わしきシーンの後、彼女は私が欲しければ(愛して欲しければ)、砂漠にいる4人の銃の達人を倒せという。
最初の達人を卑怯な手で倒した後、エル・トポは男の声で話す黒ずくめの女と出会い、彼女が案内するという形で同行するようになる。2人目、3人目の達人も卑怯な手で勝利を収めていくエル・トポであったが、この行為に意味はあるのかと、しだいに罪悪感に苛まれていく。しかし、マーラに説得され、続けていく。最後の達人はもはやガンマンと呼べるような者ではなく、いかなる攻撃も無力化してしまう。達人は命すらすべて無意味だと説くと、手も足も出ないエル・トポの銃を奪い、自害する。
エル・トポは自らの銃を破壊すると達人達との決闘の足跡をたどり始めるが、幾何学的物体や蜂の群れなど不可思議な光景に出くわす。最後に黒ずくめの女がエル・トポの前に立ちはだかり、聖痕のように何度も彼の身体を撃つ。そしてマーラと黒ずくめの女はまるで恋人であるかのように去っていく。放置されたエル・トポの身体は、フリークス(奇形者)の集団によってどこかへと運ばれる。
数年後、エル・トポは洞窟の中で目が覚める。長い眠りの中で彼は達人たちの「4つの教え」を瞑想していた。その洞窟は社会から隔絶されたフリークスらの住処であり、エル・トポは彼らに神のような存在として崇められていた。フリークスらはその奇形により物理的に洞窟の外に出ることができず、「再誕」したエル・トポは彼らを救うことを決意する。洞窟から出た隠者のような姿のエル・トポは、長年自分の世話をしてきたという女と近場の町にたどり着く。そこはカルト教団に支配された町であったが、エル・トポは見世物をして金を稼ぎ、洞窟の外で出るトンネルを掘るためのダイナマイト代を稼ぐ。
間もなくして、成長して修道士となったイホが町にやってくる。彼はカルト教団や暴力を生む銃を毛嫌いしている。イホは容貌が変わっていてもエル・トポをすぐに自分を捨てた父だと気づき、殺そうとする。しかし、トンネルを完成させてフリークスたちを解放するまで待って欲しいと懇願され、これを認める。エル・トポによってトンネルを掘る日々が続くが、作業の遅さに業を煮やしたイホもかつての父の黒衣を着て手伝い始める。イホが工事を諦めかけたその時、エル・トポが最後の壁を破り、トンネルは完成する。約束の時が来たが、もはやイホには父を殺すことができなかった。
洞窟を出たフリークスたちであったが、町に入った瞬間、カルト信者たちによって次々と射殺される。その様子を無気力に見守るエル・トポ自身も撃たれる。その後、エル・トポは町の住人らを皆殺しにし、焼身自殺を遂げる。同時刻、世話人の女はエル・トポの子を産む。イホと女はエル・トポの墓を作り、間もなく、かつての達人たちと同様に墓に蜂が群がる。
イホは女と子供を連れて、馬で去っていく。
公開
[編集]本作はメキシコで撮影・製作された作品であるが、メキシコで上映される計画はなかった。ニューヨークのエルギン・シアターのオーナーであるベン・バレンホルツは、ニューヨーク近代美術館で行われた特別上映会で本作を鑑賞する機会を得た。途中退席者が何人か出る中、彼は魅了されたという。アメリカでの配給権購入は失敗したが、プロデューサーを説得し、エルギン・シアターで深夜上映させることには成功した。バレンホルツは、観客に「自己発見」の感覚を得て欲しいと、金曜日の深夜1時と平日の深夜0時を上映時間とした。そして1970年12月18日に公開され、1971年6月末まで週7日連続で上映された[1]。その後、本作の全米配給権はビートルズのマネージャーであるアラン・クレインが所有するABKCOフィルムズが購入し、配給された。全米各地でも、エルギン・シアターと同様に深夜上映の形式がとられた[2]。
本作は長らく、アートハウスでの深夜上映や一部のシーンがカットされた日本版ホームメディア、そして海賊版でしか鑑賞できなかった。2007年5月に公式にDVDが発売され、2011年4月にはBlu-rayも発売された[3]。
評価
[編集]本作は公開当時酷評が多かったが、後年は高い評価を受けている。レビュー収集サイトのRotten Tomatoesによれば、45件の評論のうち高評価は80%、平均点は10点満点中7.10点で、批評家の一致した見解は「時に陶酔させ、時に困惑させる『エル・トポ』は、脚本・監督を務めたアレハンドロ・ホドロフスキーの、唯一無二の才能を発揮させた創造的な多様性がある」となっている[4]。 また、Metacriticでは、15人の批評家を基に100点満点中65点の加重平均スコアを獲得しており、「概ね好意的」としている[5]。
本作の公開時、その視覚表現を巡って批評家の間で大きな論争となった。一連のシークエンスやモンタージュは意味があるものか、それとも単なるエクスプロイテーションか、である。ニューヨーク・タイムズ紙のヴィンセント・キャンビーは、「(文字通り)内蔵だらけの映画だが、その内臓に特定の形や機能を与えるための身体(実体)が存在しない」と指摘し、本作を「詐欺(con)」と評した[6]。 同じくタイムズ紙で執筆していたピーター・シェルダールは、キャンビーとは反対に本作を「非常に奇妙な傑作」と評した。「一見すると激しいシュールレアリスム的ファンタジーであり、すなわち、素晴らしくもおそらく錯乱した想像力の産物に過ぎないように見えるかもしれない。シュールで狂っている可能性はあるが、同時に(2度鑑賞すればわかるが)精巧な時計じかけのように完全な調整と秩序と基づいている」と指摘している[7]。 シカゴ・トリビューン紙のジーン・シスケルは、「(ドラッグで)キマっていれば、『エル・トポ』は暴力的でエロティックなフリークショー(見世物)で、かなり重みのある体験をすることができるだろう。それ以外の人にとってはあくびが出るが」と評している[8]。 本作は第44回アカデミー賞外国語映画賞のメキシコ代表作品に選出されたが、ノミネートには至らなかった[9]。
後年の回顧的レビューにおいては高い評価を受けている。ロジャー・イーバートは4つ星として自身の「偉大な映画」の1作に加えている[10]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ Rosenbaum, Jonathan; Hoberman, J. (1991). Midnight movies. Da Capo Press. p. 93. ISBN 9780306804335
- ↑ Havis, Allan (2008) (英語). Cult Films: Taboo and Transgression. Bloomsbury Publishing PLC. pp. 59. ISBN 978-0-7618-3967-5
- ↑ “'El Topo' & 'The Holy Mountain' Blu-rays Announced”. High-Def Digest (2011年2月7日). 2013年3月30日閲覧。
- ↑ “エル・トポ” (英語). Rotten Tomatoes. Fandango Media. 2024年4月5日閲覧。
- ↑ “El Topo Reviews” (英語). www.metacritic.com. 2025年4月14日閲覧。
- ↑ Canby, Vincent (1971年5月23日). “Is 'El Topo' a Con?”. The New York Times
- ↑ Schjedahl, Peter (1971年6月6日). “Should 'El Topo' Be Elevated To 'El Tops'?”. The New York Times
- ↑ Siskel, Gene (1972年1月28日). “'El Topo' Weighs In With Blood and Guts”. Chicago Tribune
- ↑ Margaret Herrick Library, Academy of Motion Picture Arts and Sciences
- ↑ Ebert, Roger. “El Topo (1970)”. RogerEbert.com. 2026年1月14日閲覧。