エリダール・リャザーノフ

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エリダール・リャザーノフ
Eldar Ryazanov.jpg
2008年、祖国貢献勲章を受賞したリャザーノフ。
生誕エリダール・アレクサンドロヴィッチ・リャザーノフ
(1927-11-18) 1927年11月18日[1]
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国クイビシェフ
死没2015年11月30日(2015-11-30)(88歳)
ロシアの旗 ロシア モスクワ
墓地モスクワНоводевичье кладбище
職業映画監督脚本家俳優テレビ司会者英語版詩人劇作家教育者
活動期間1950年 - 2009年
代表作
肩書きソ連人民芸術家 (1984年)
配偶者Emma Abaydullina
受賞ソビエト連邦国家賞 (1977年)

エリダール・アレクサンドロヴィッチ・リャザーノフロシア語: Эльдар Александрович Рязанов、Eldar Aleksandrovich Ryazanov、1927年11月18日 - 2015年11月30日)は、ソビエト連邦 / ロシア映画監督脚本家詩人俳優、教育者で、ソビエト連邦やロシアの日常生活を風刺した彼の大衆的な喜劇は旧ソ連の全域で賞賛された[2][3]

経歴[編集]

リャザーノフは、1977年ソビエト連邦国家賞を受賞し、1984年ソ連人民芸術家となった。1991年には『Небеса обетованные (Promised Heaven)』でニカ賞英語版の最優秀監督賞を受賞した。

最も有名な代表作には、『すべてを五分で (Карнавальная ночь / Carnival Night)』(1956年)、『Гусарская баллада (Hussar Ballad)』(1962年)、『Берегись автомобиля (Beware of the Car)』(1966年)、『運命の皮肉、あるいはいい湯を (Ирония судьбы, или С лёгким паром! / The Irony of Fate)』(1975年)、『オフィス・ラブ (Служебный роман / Office Romance)』(1977年)、『Гараж (The Garage)』(1979年)、『ふたりの駅 (Вокзал для двоих / Station for Two)』(1984年)、『持参金のない娘 (Жестокий романс / A Cruel Romance)』(1984年)などがある。リャザーノフがおもに取り組んだジャンルは、悲喜劇であった。

病と死[編集]

リャザーノフは、2014年11月に脳梗塞に襲われた。2015年11月21日には、呼吸困難でモスクワの病院に入院した。彼は2015年11月21日深夜に心肺不全となり、88歳で死去した[1][4]

栄誉・受賞[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • David MacFadyen, The Sad Comedy of Elʹdar Riazanov: An Introduction to Russia's Most Popular Filmmaker, McGill-Queen's Press: 2003, 0-7735-2636-6

外部リンク[編集]