エリザーベト・レオンスカヤ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
Elisabeth Leonskaja
Elisabeth Leonskaja.jpg
エリザーベト・レオンスカヤ(2012年)
基本情報
生誕 1945年11月23日
トビリシ
ジャンル クラシック音楽
担当楽器 ピアノ

エリザーベト・イリーニチナ・レオンスカヤロシア語: Елизавета Ильинична Леонская, ラテン文字転写: Elisabeth Ilinichna Leonskaja, 1945年11月23日 - )は、グルジアトビリシ生まれの女流ピアニストである[1][2]

略歴[編集]

6歳半の時に両親から最初のピアノを買い与えられる。7歳の時に、トビリシに所在する60の音楽学校のうち1校の入学試験に合格。11歳の時、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番でオーケストラと共演[1][3]、13歳の時にはソロリサイタルを行うなど、幼いころから才能を発揮した。14歳からは、ロシアのピアノ学校の影響を受けた、キエフからの新しいピアノ教師のもと、別の音楽学校で4年間の集中的な教育を受けた。

1964年から1971年までモスクワ音楽院にてヤコブ・ミルスタインに師事する[3]。この間、ブカレストにおいて開催されたジョルジェ・エネスク国際コンクール優勝(1964年)[注 1]パリにおいて開催されたロン=ティボー国際コンクール第3位、ブリュッセルにおいて開催されたエリザベート王妃国際音楽コンクール第9位と、数々の重要なコンクールで入賞した[5]

1978年にはソ連からウィーンに移住、活動拠点を西側に置く。翌年のザルツブルク音楽祭にデビューし、成功を収めたことで国際的名声を確立するに至る[5]。レオンスカヤの演奏を録音したものでは、ピアノソナタ第16番 ハ長調 K.545およびピアノソナタ第15番 ヘ長調K.533/494エドヴァルド・グリーグによるトランスクリプションスヴャトスラフ・リヒテルとともに演奏したものが有名である。レオンスカヤはリヒテルと固い友情を結び、よく共演を行った。レオンスカヤのレコードレーベルは長年Teldecであったが現在は主にMDGである[6]。また、マスタークラスでの指導も多数行っている。

受賞歴[編集]

注釈[編集]

  1. ^ このときの審査員には、作曲家・指揮者のアラム・ハチャトゥリアンおよびピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインが含まれていた[4]

出典[編集]

  1. ^ a b Striving to play without fault”. The Irish Times (2009年2月4日). 2017年1月19日閲覧。
  2. ^ Michael Church (2007年1月25日). “Elisabeth Leonskaja, Queen Elizabeth Hall, London”. Independent. 2017年1月19日閲覧。
  3. ^ a b エリーザベト・レオンスカヤ”. タワーレコード (2012年8月30日). 2017年1月19日閲覧。
  4. ^ Elisabeth Leonskaja: Franz Schubert late piano sonatas” (2016年3月13日). 2017年1月19日閲覧。
  5. ^ a b 東京・春・音楽祭-東京のオペラの森2015-リヒテルに捧ぐII(生誕100年記念)エリーザベト・レオンスカヤ ピアノ・リサイタル”. 東京・春・音楽祭. 2017年1月19日閲覧。
  6. ^ Recordings”. 2017年1月19日閲覧。
  7. ^ Reply to a parliamentary question (pdf)” (German). p. 1683. 2013年2月4日閲覧。

外部リンク[編集]