エメラルド・タブレット

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エメラルド・タブレットの想像画(17世紀ドイツの錬金術師・医師ハインリヒ・クンラート英語版『永遠の智恵の円形劇場』1602年より)

エメラルド・タブレット: Emerald Tablet, Emerald Table)、タブラ・スマラグディーナ: Tabula Smaragdina)は、12世紀以降のヨーロッパに出現した、ヘルメスに帰せられる諸文献のうち特に名の知れたごく短いテクストである[1]エメラルド板エメラルド碑エメラルド碑文とも。

エメラルド板をめぐって中世ヨーロッパでは多くの伝説が作られた[2]。伝説上のエメラルド板は、錬金術の守護神で、ある種の秘教修道者たちの総称とも考えられていたヘルメス・トリスメギストスによって記された銘碑で、12の錬金術の奥義が記されているというが、碑文の実物は現存しない[3]。実際のエメラルド板のテクストはアラビア語文献からの翻訳と考えられており、さらにその元になった古いギリシア語原典の存在も推察されてはいるが[1]、ギリシア語で記された佚文や原テクストに相当するようなものは現存しない[4]。エメラルド板の起源について確証があるのは8世紀以降にアラビア語で記されたということであり、知られる限りのその初出はバリーヌース(偽テュアナのアポローニオス)の『創造の秘密の書 (Kitāb sirr al-khalīqa)』に収められた補遺である[4]

概説[編集]

2 - 3世紀にエジプトで密かにまとめられた一連の「ヘルメス文書」の文脈に連なる[3]。伝説によると、この碑文はヘルメース自身がエメラルドの板に刻んだもので、ギザの大ピラミッドの内部にあったヘルメス・トリスメギストスの墓の、ミイラの手の中から発見されたものであるという[3]。この逸話は、後世の神秘主義者たちの創造であると考えられている[3]

12世紀にアラビア語からラテン語に翻訳されて中世ヨーロッパにもたらされた。最初期のラテン語訳にはサンタリャのウゴ(en:Hugo of Santalla)によるものがある。17世紀のイエズス会士アタナシウス・キルヒャーによる訳が広く知られている。パラケルススは、シュポンハイムの僧院長ヨハネス・トリテミウスが父ヴィルヘルムに贈ったエメラルド・タブレット(診療室に貼ってあった)を見て育ったという。アイザック・ニュートンの訳があることも知られる。

1828年にエジプトテーベの呪術師の墳墓からミイラと共に発見された「ライデン・パピルス」の中に、ギリシャ語のエメラルド・タブレットの最古の写しの断片があり、これ以降伝説はリアリティをもって受容されるようになった[3][5]

原文は寓意や隠喩が多く多様な解釈が可能で、卑金属を金や宝石に変えるように、人間の魂を「大地から天へと」と昇華させていく修道過程、「賢者の石」の秘密を読み解くことができるともされる[3]フリーメーソンなどの秘密結社への影響も大きく、万物が一者から生まれたという一元論や、上位のものから下位のものが生じ、秩序的連鎖のもとで照応・感応し合っているという存在の大いなる連鎖を主眼とするヘルメス思想の原典と見做させるようにもなった[3]。これに記されたうちで最も有名な言葉は、錬金術の基本原理である「下なるものは上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし」であろう。これはマクロコスモスとミクロコスモス(大宇宙と小宇宙)の相似ないし照応について述べたものと考えられている[誰によって?]

出典[編集]

  1. ^ a b セルジュ・ユタン 『錬金術』 有田忠郎訳、白水社〈文庫クセジュ〉、1972年、61-64頁。
  2. ^ アンドレーア・アルマティコ 『錬金術 - おおいなる神秘』 種村季弘監修、後藤淳一訳、創元社〈「地の再発見」双書〉、1996年、29頁。
  3. ^ a b c d e f g 吉田邦博 『神秘学の本』 学研、1996年、104-105頁。
  4. ^ a b ローレンス・M・プリンチーペ 『錬金術の秘密 - 再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」』 ヒロ・ヒライ訳、勁草書房〈BH叢書〉、2018年、40-43頁。
  5. ^ 歴史読本臨時増刊85-9 特集世界驚異の占い・霊術・魔術 新人物往来社 1985年(昭和60年))pp86-95 山内雅夫「エメラルド・タブレットが明かす錬金術の秘法」

外部リンク[編集]