エフライム・キション

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エフライム・キション
אפרים קישון
Ephraim Kishon 2001 Dortmund.jpg
2001年
誕生 (1924-08-23) 1924年8月23日
ハンガリー王国の旗 ハンガリー王国ブダペシュト
死没 (2005-01-29) 2005年1月29日(満80歳没)
スイスの旗 スイス・アッペンツェル
職業 作家
国籍 イスラエルの旗 イスラエル
主な受賞歴 イスラエル賞(2002)
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エフライム・キションאפרים קישון, Ephraim Kishon, 1924年8月23日 ブダペシュト - 2005年1月29日)はハンガリー出身のイスラエルの作家。ハンガリー語ヘブライ語で執筆する。風刺作家として日本では知られているが、劇や映画も手がけている。

元の名前はホッフマン・フェレンツ (Hoffmann Ferenc)。彫刻と絵画を勉強し、劇作家やユーモア溢れるエッセイを執筆していた。1945年に姓を地名姓のキシュホント Kishont に変更するも、1949年にイスラエルへ移民した際、移民官にキションと誤記されたため、これが正式の苗字となる。

移民後にヘブライ語の勉強を始め、2年後には簡単なヘブライ語で書かれた日報紙、オメル Omerに風刺的なコラムを執筆するほどに語学が上達している。1952年以後は新聞「マアリブ Ma'ariv」に「ハド・ガドヤ Chad Gadya」というコラムの執筆を始める。政治や社会風刺を中心としていたが、時には純粋なユーモアに満ちた回もあり、イスラエルで最も有名な連載の1つとなった。

独創的な発想で巧みに言葉を操り、個性的なキャラクターを登場させたキションの劇は、演劇界からも高く評価されている。Ha-Ketubbah(英題:The Marriage Contract、婚約)は、長編の劇でありながら、イスラエルで最も長い期間演じられている。Sallah ShabbatiBlaumilch Canalという2つの映像作品の製作を手がけ、イスラエル国内だけでなく世界中で評価されている。

1人目の妻、エヴァ・クラマー(Eva Klamer)と離婚し、1959年にサラ・リポヴィッツ(Sara née Lipovitz)と再婚している。40年を越える結婚生活の後、2002年にサラが死去したが、翌2003年にリサ・ヴィタセク(Lisa Witasek)と結婚している。3人の子供がいる。1957年に長男ラファエル(Raphael)、1964年に次男アミール(Amir)、そして1968年に長女レナナ(Renana)が誕生している。

著作[編集]

  • 『ウフフ ワッハッハ! Mr.キションのユーモアの本』(エフライム=キション/〔著〕 原ゆう/訳 片岡文広/絵、講談社、1988年6月)
  • 『ウィーン肩書き狂奏曲』(E.キション/〔著〕 原ゆう/訳、角川書店、1985年8月)
  • 『うなるベートーヴェン』(E.キション/〔著〕 原ゆう/訳、角川書店、1985年7月)
  • 『ショート・ジョークじゃものたりない』(E.キション/〔著〕 原ゆう/訳、角川書店、1985年5月)
  • 『キションのベスト・ジョーク』(E.キション/著 石原佐知子/訳編、実業之日本社、1980年4月)
  • 『キションのストーリー・ジョーク集』1~3(角川書店(角川文庫))