エドワード・バルデス
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | ペラビオ州ニザオ |
| 生年月日 | 1980年2月8日(38歳) |
| 身長 体重 |
193 cm 95 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1999年 |
| 初出場 | NPB / 2010年3月28日 |
| 最終出場 | NPB / 2010年6月9日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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エドワード・E・バルデス(Edward E. Valdez、1980年2月8日 - )は、ドミニカ共和国ペラビオ州出身のプロ野球選手(投手)。
経歴[編集]
1999年、シンシナティ・レッズにドラフト外選手として契約を結んだ。
2003年、シンシナティ・レッズ傘下のデイトン・ドラゴンズにマイナー昇格し19試合11勝3敗の成績を残した。
2007年、ワシントン・ナショナルズ傘下ハリスバーグ・セネタースに移籍し、終盤ナショナルズ(AAA)昇格。同2007年12月21日フリーエージェントとなりコロラド・ロッキーズ傘下タルサ・ドリラーズに移籍した。2008年シーズン途中コロラドスプリングス・スカイソックスに昇格した。
2009年、ドミニカ国内アマチュアリーグでプレーした。秋から行われたドミニカウインターリーグ参加中に中日ドラゴンズ森繁和ヘッドコーチの目にとまり中日ドラゴンズと契約した。
2010年は8試合に登板し1勝3敗の成績にとどまった。10月3日、ディオニス・セサルと共に来年度契約を結ばないことを球団側が発表。10月12日、自由契約選手公示された。
2011年は、メキシカンリーグのメキシコシティ・レッドデビルズ(英名:Mexico City Red Devils、西名:Diablos Rojos del Mexico)[1]でプレーしている。
プレースタイル[編集]
最速140km/h台後半を記録するストレートはカットボールのような変化を伴う。変化球は、スライダーを軸にカットボール・チェンジアップなどを投げ分ける。中でもカットボールは「バルカット」と呼ばれ、かつて同じドミニカ出身のルイス・ポロニアのバットを折ったことが自慢 [2]。
人物[編集]
- 2010年2月8日に迎えた自身の誕生日では、同じドミニカ出身の選手を囲んでの誕生会を行ったが、この時人生初めて、誕生会でケーキを食べたらしい[3]。
詳細情報[編集]
年度別投手成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 中日 | 8 | 7 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | .250 | 150 | 33.0 | 36 | 4 | 14 | 2 | 3 | 13 | 4 | 2 | 23 | 18 | 4.91 | 1.52 |
| 通算:1年 | 8 | 7 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | .250 | 150 | 33.0 | 36 | 4 | 14 | 2 | 3 | 13 | 4 | 2 | 23 | 18 | 4.91 | 1.52 | |
記録[編集]
- NPB
- 初登板:2010年3月28日、対広島東洋カープ3回戦(ナゴヤドーム)、5回表に2番手で救援登板、1/3回4失点(自責点0)
- 初先発・初勝利:2010年4月1日、対東京ヤクルトスワローズ3回戦(明治神宮野球場)、5回2失点
- 初奪三振:同上、2回裏に宮本慎也から空振り三振(振逃)
背番号[編集]
- 45 (2010年)
脚注[編集]
- ^ Baseball-Reference
- ^ [1] - スポーツ報知・2010年2月6日
- ^ 2010年2月8日のドラゴンズ情報(宮地佑紀生の聞いてみや〜ち内。15時台)での森貴俊アナのレポートより。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 選手の通算成績と情報 The Baseball Cube