エドガー・ミッチェル

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エドガー・ディーン・ミッチェル
Charles Moss Duke, Jr
Edgar Mitchell cropped.jpg
NASA所属宇宙飛行士
現況 引退
生誕 1930年9月17日
テキサス州ヘリフォード
死没 (2016-02-04) 2016年2月4日(満85歳没)
他の職業 テストパイロット
階級 大佐
宇宙滞在期間 9日0時間1分
選抜試験 1966年NASA選抜試験
ミッション アポロ14号
記章 Apollo 14-insignia.png

エドガー・ミッチェル(Edgar Dean Mitchell, D.Sc.、1930年9月17日 - 2016年2月4日[1])は、アメリカ合衆国のパイロット、工学者、宇宙飛行士アポロ14号アポロ月着陸船のパイロットとして9時間をで過ごし、月面を歩いた6番目の人間になった。

プロフィール[編集]

生い立ち[編集]

テキサス州ヘリフォードの生まれ[2]。少年時代はボーイスカウトで活発に活動し、上から2番目のライフスカウトの地位にまで上った。またデモレー団のメンバーでもあり、殿堂入りしている。

海軍[編集]

ミッチェルは1952年にカーネギーメロン大学工業経営の学位を取り[2]、翌年、アメリカ海軍でパイロットとなり、ボノム・リシャールタイコンデロガ等の空母から飛行した。海軍にいる間に、海軍大学院航空宇宙工学の学士号を取り、マサチューセッツ工科大学航空学宇宙航行学の博士号を取得した[2]

NASA[編集]

1971年2月6日、月面で地図を見るミッチェル

ミッチェルは1966年に宇宙飛行士に選ばれ、アメリカ海軍からアメリカ航空宇宙局に配置換えされた。ミッチェルはアポロ10号で予備乗員となり、アポロ14号で乗組員となった。アポロ14号は、ミッチェルの唯一の宇宙飛行であった。ミッチェルはカッパ・シグマ・フラタニティーのメンバーであり、バッジの1つを月に持って行った。これは現在、カーネギーメロン大学に保存されている。その後、1972年に海軍を退職するまでNASAに留まった。

その後[編集]

ミッチェルは、ニューメキシコ州立大学アクロン大学、カーネギーメロン大学、エンブリー・リドル航空大学から名誉博士号を授与されている。また、1970年にはリチャード・ニクソン大統領から大統領自由勲章を授与されている。

1998年のテレビドラマ『フロム・ジ・アース/人類、月に立つ』では、ミッチェルをゲイリー・コールが演じた。晩年はフロリダ州ウェストパームビーチに居住し、2016年2月4日に死去[3]

その他[編集]

エドガー・ミッチェル(2009年2月)

ミッチェルは、意識超常現象についても関心を持っていた。アポロ14号に搭乗中、ミッチェルは地上の友人と、個人的な超能力の実験を行った[4]。1973年初頭、ミッチェルは非営利法人純粋理性研究所を設立し、非生産的だとして科学では扱われない意識や霊媒の研究を支援した。

晩年は「NASA勤務中に宇宙人(地球外生物)や未確認飛行物体についての情報に触れることがあったが、NASAやアメリカ政府がそれらの情報を隠し続けている」と発言し議論を呼んでいる。

フリーメイソンの構成メンバー[5]である。

出典[編集]

  1. ^ 宇宙飛行士のエドガー・ミッチェルさん死去 日本経済新聞 2016年2月6日
  2. ^ a b c Astronautix biography
  3. ^ 月面着陸の宇宙飛行士エドガー・ミッチェルさん死去”. 日刊スポーツ (2016年2月7日). 2016年2月8日閲覧。
  4. ^ Private Lunar ESP: An Interview with Edgar Mitchell”. 2009年10月21日閲覧。
  5. ^ Famous Masons M-Z

外部リンク[編集]