エドゥアルド・ココイトゥイ

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エドゥアルド・ココイトゥイ
Кокойты Джабейы фырт Эдуард
Kokojty zhgjot narkotiki.jpg

任期 2001年12月18日 – 2011年12月10日

出生 1964年10月31日(51歳)
ツヒンヴァリ
政党 統一党

エドゥアルド・ココイトゥイ(オセチア語:Кокойты Джабейы фырт Эдуард、1964年10月31日 - )は、グルジア南オセチア政治家南オセチア共和国の大統領(第2代)を2期務めた。親露派の政治家で、ロシア連邦の枠内での南北オセチアの統合を主張している。

略歴[編集]

第5中学校を卒業。通信班で電気修理工として働く。1980年レスリングフリースタイルのグルジア・チャンピオン、スポーツ・マスターとなった。1983~1985年、ソ連軍に勤務。南オセチア教育大学に入学し、1988年体育講師専攻で卒業。大学では、コムソモール委員会書記に選出され、卒業後もコムソモールで働いた。

1990年1991年のオセチア・グルジア紛争時、グリ・コチエフの指揮下に入るオセチア戦闘防衛隊を創設し、これを指揮した。

1990年から1993年まで、南オセチア共和国議会代議員。

1997年2月、初代大統領リュドヴィク・チビロフの命令により、駐露通商代表に任命。ロシアの下院議員チェホエフの補佐官として働いた。

2001年11月~12月の大統領選挙において、決選投票で53%を獲得し、南オセチア共和国大統領に選出された。2006年の大統領選挙で再選され、2011年まで務めた。

サンクトペテルブルクゲームセンターを支配するロシアン・マフィアの子分と言われており、第2代ロシア連邦大統領プーチンとも関係が深い。その関係で、閣僚にKGB出身者が多い。

人物[編集]

ツヒンヴァリ出身。妻帯、3児を有する。


公職
先代:
リュドヴィク・チビロフ
Flag of South Ossetia.svg 南オセチア共和国大統領
第2代:2001 - 2011
次代:
ヴァディム・ブロフツェフ英語版
(代行)