エデンの海

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エデンの海』(エデンのうみ)は、若杉慧の小説。1946年に発表された。3度にわたり映画化された。またテレビドラマ化もされた。

概要[編集]

瀬戸内の小さな高校に、東京から赴任してきた新任の教師と、自由奔放な女子生徒の交流を描く。

映画[編集]

1950年[編集]

エデンの海(1950)
監督 中村登
脚本 植草圭之助
原作 若杉慧
製作 小倉浩一郎
竹中美弘
出演者 鶴田浩二
藤田泰子
大日方伝
加藤嘉 ほか
音楽 原六郎
撮影 服部幹夫
製作会社 松竹京都撮影所
綜芸プロ
配給 日本の旗 松竹
公開 日本の旗 1950年10月14日
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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1950年公開。制作は松竹。劇場公開後に上映フィルムが長らく行方不明となっていたが、広島県竹原市の忠海町コミュニティづくり推進協議会が1997年に廃棄されるところだったフィルムを入手して保管していることが判明し、2013年に松竹が劣化部分を修復してデジタル化した[1]。同2013年10月に衛星劇場にてTV初放映される。

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

1963年[編集]

エデンの海(1963)
監督 西河克己
脚本 馬場当
原作 若杉慧
製作総指揮 山本武
出演者 高橋英樹
和泉雅子
東野英治郎
佐野浅夫 ほか
音楽 池田正義
撮影 萩原憲治
編集 鈴木晄
製作会社 日活
配給 日本の旗 日活
公開 日本の旗 1963年8月31日
上映時間 97分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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1963年公開。制作は日活。監督の西河克己は、前作の1950年版でも助監督を務めており、前作もロケハンは西河が担当した[2]。このため前作で撮影した場所をよく覚えていて本作も同じ場所にロケハンに行ったが、竹原市出身の池田勇人総理大臣になった後で、政治道路が出来ていて辺りの風景が変わってしまっていた[2]。学校の窓から海が見えるような場所を近くで探したが、イメージに合う場所が見つからず、原作では広島だった舞台を香川県高松市と一部徳島県に変え、ロケが行われた[2]。さらに、後年に『世界の中心で、愛をさけぶ』で話題となった庵治町も登場する。夏の暑い時期に約一ヶ月のロケが行われた[2]

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

1976年[編集]

エデンの海(1976)
監督 西河克己
脚本 馬場当
製作 堀威夫
笹井英男
出演者 山口百恵
南條豊
紀比呂子
伊藤雄之助
井上昭文
和田浩治
岸田森
浅野温子
悠木千帆
十勝花子
音楽 伊部晴美
撮影 萩原憲司
編集 鈴木晄
配給 日本の旗 東宝
公開 日本の旗 1976年4月24日
上映時間 85分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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監督の西河克己と脚本の馬場当は共に1963年版でも監督と脚本を担当している。また本作に出演している三崎千恵子も1963年版に別役で出演している。

山口百恵文芸シリーズ第4弾で、共演は南條豊。ちなみに百恵の主演映画では唯一三浦友和以外の俳優が相手役になった。しかし南條は百恵・三浦双方のファンから総スカンを喰らってしまった。浅野温子の映画デビュー作である。

百恵のクラスメートの役をオーディションで40人選んだ[3]。その中から百恵をいじめる重要な脇役の4人選んだが、最年少の当時15歳だった浅野温子のいじめっぷりが良かったので、西河は浅野が将来、ヤクザ映画の女壺振り役がやれそうな面構えを見て『よござんすか』というニックネームで呼んだ[3]

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

同時上映[編集]

あいつと私

テレビドラマ[編集]

1962年8月30日と同年9月6日の2回に渡って、日本テレビ系列の『武田ロマン劇場』(武田薬品工業一社提供木曜22:30 - 23:15)で放送された[4]

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

日本テレビ系列 武田ロマン劇場
前番組 番組名 次番組
エデンの海
(ドラマ版)

脚注[編集]

  1. ^ 中村登監督「エデンの海」 幻のフィルム見つかる - スポニチ2013年10月2日7時59分)
  2. ^ a b c d 西河克己・権藤晋 『西河克己映画修業』 ワイズ出版1993年、273-277頁。ISBN 4948735159
  3. ^ a b 『西河克己映画修業』、346-347頁。
  4. ^ a b c 参考:テレビドラマデータベース

外部リンク[編集]