エティオロジー

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エティオロジー(英語: Etiology)には、主に次の2つの意味がある。

  1. (医学) 医学では「病因学」と訳し、病気の原因や、様々な因果関係を解き明かしていく学問である。
  2. (神話学) 神話学では場所・家名がどう名付けられ・作られたかを説明する因果関係学のことをいう。

ここでは、主に病因学について記述する。

歴史[編集]

古代から中世[編集]

人類史と「病気」の歴史では、古代の時代から中世などの比較的、近世に近い時代に到るまで、「病気の起こる具体的な因果関係」については、よくわかっていなかったために、人間社会の中では、様々な混乱が歴史の中で生じた。 古くは、「病気」は、何かわからないような「瘴気」のような物が原因で病気になると考えられていた。 人々は、様々な迷信を信じていて、イギリスなどでは、死んだ人間は吸血鬼になって蘇るので、墓の心臓の所には「杭」を刺して置かなければならない、などの医学的に根拠の無い事を、他の国でも、迷信で、たくさん行い、混乱した社会を形成していた。

古代ローマ」の時代には、少し合理的な科学手法も、いくつか考案され、「病人の出た家は、焼き払うか、あるいは、煙でいぶすべきである。」といった対策が成されていたが、この根拠も、「悪い霊や、悪魔を追い払えば病気にかからなくなる」といった感じで、このようにして、「病気」「結果」「因果関係」などを、きちんと考えていく学問についてである。

中世から近世[編集]

顕微鏡が発明され、具体的に「病原菌」というものが見えるようになってからは、「病気は、細菌が引きおこすものである」との一時的な結論に到った。 この時代には、病気になった患者の血液などを、顕微鏡で観察して「病原菌」を発見し、その「ワクチン」を作る事が、一連の流れになっていた。 この時代に起きたのが、有名な「野口英世」博士の死亡の原因となった、「病原菌」と「ウイルス」の違いである。 「野口英世」博士は、黄熱病が発生した時に「患者のいる場所へ医者がいかなくて、どうするのだ。」との信念から、患者の多くいる地域へ渡航した。 当時の医学の常識どおり、顕微鏡を使い、黄熱病の原因となっているであろう「病原菌」(本当は、さらに小さいウイルスが原因であった。)らしき物を発見し、そのワクチンを作って、効果を確認する為に、自分自身に、ワクチンを使ってみた。 ワクチンとは、イギリスの医学者、エドワード・ジェンナーが発見した医学の処置法の事であって、詳細は、「非常に弱い、同種の病気にかかった者は、体の中に”抗体”が作られ、同じ病気にかかっても、人間自身の持つ免疫によって、自然に治癒される」という仕組みの事で、つまりは、薬ではなく、「実際に、軽く病気にかかる事」を意味している。 その為に、「ワクチン」の作成に失敗していれば、その病気にかかって、あるいは、命を落とす事になる、とても危険な行為でもあった。 これが、原因で、「野口英世」博士は、黄熱病にかかって死亡してしまう。 この後に、「電子顕微鏡」が作られるようになると、その「野口英世」博士の発見した「ワクチン」用の「病原菌」の、さらに、中に、非常に小さな「ウイルス」が発見されて、それが原因であった事がわかった。 (つまり、病気の直接の原因ではなかった方の、大きな方の「細菌」の「ワクチン」を作っていたので、死亡した。) この顕微鏡と「病原菌」の発見のみが、「病因学」の主だった時代には、別の問題も起こった。 それは「病原菌」が原因ではない病気も存在する、という事の発見で、「脚気」などの栄養素欠乏症の事である。 当時は、栄養が非常に偏る、「船員」の間で、「脚気」などの栄養素欠乏症が起こり出した。 この時代には、船員と同行している船舶医師が、この栄養素欠乏症にかかった船員の血液などから、顕微鏡を使って、「病原菌」を探し出そうと試みたが、いくら綿密に調べても、全く見つからなかった。 途方にくれていると、ある船団の船員は、栄養素欠乏症にかかる船員が、ほとんど全くいなかったので、そこの船団との違いを医師が考えてみると、その船団には、「交易用のオレンジ」が大量に積まれていた。 試しに、栄養素欠乏症にかかっている船団の船員に「オレンジ」を食べさせてみた所、栄養素欠乏症が完治していった。 ここの段階まででは、まだ、いくつかの「病因学」の因果関係の選択肢が残っており、よくわからなかった。

  1. 「オレンジ」自体に、病原菌を撃退する能力がある。(科学的に感じられるが、中身は、迷信時代と変わらない、あやふやな物である。)
  2. 「オレンジ」自体に含まれる栄養素によって、栄養素欠乏症が治った。

この時代の常識では、顕微鏡と、「病原菌」の発見がワンセットのパターンになっていた為に、(2)の方の「オレンジ自体に含まれる栄養素によって、栄養素欠乏症が治った。」という概念に行き着くまでに、非常に時間がかかった。 しかし、「病因学」では、因果関係がよくわからなくても、先に「結果」が出てしまう事があり、患者の命が全てなので、よくわからないままも、船団には、「オレンジ」を支給する事で、問題は、解決した。 「栄養素欠乏症」の発見によって、様々な細かな「栄養素」の研究が進んでいき、中世から近世へと移り変わる時期では、薬などと共に、当時は高価だった、栄養素の豊富な「」などを摂らせたりするように医師の指示が変わっていった。 この時代の影響で、現在でも、人が病気になると、患者に「バナナ」や「メロン」などのフルーツを贈ったりするのである。 また、患者が闘病生活中に失われる栄養素を補って、患者が免疫を作りやすくしたりする効果も、栄養素や、その消費の研究によってわかっていった。 あるいは、広義な「病因学」では、患者に「」を贈ったりして、精神的な要因からの影響も、できるだけ減らそうと試みるようになった。

近代の問題[編集]

近代に到っては、逆に、「病因学」が進展した事で起こってしまった病気も増えてきてしまった。 これは、必要が無いのに、先回りして、病気の因果関係を封じ込めようとした、いわば、化学時代全盛期の20世紀に起きた「公害」に近い物で、科学過信から生じる、別の病気の事である。 通常は、こういった事を「副作用」という言葉で、表現してしまっているが、当然!「副作用が、生じる事にも、因果関係が起こり、その副作用の病因学もある。」 「近代」で多い医学の判断ミスや失敗の部分は、「病因学」を過信しすぎた結果、生じてくる判断ミスである。

「因果関係」という物がわかると、人間は、自ずと、その原因を無くせば、問題が全て解決してしまったような”錯覚”に陥る。 ここで起きた医学の判断ミスの1つが、「無菌室」といわれる物であって、現在では、非常に危険なので、行なわない。 例えば、子供が赤ん坊の状態から、ずっと「無菌室」に入れて育ったとすると、その赤ん坊は病気にはかからないかもしれない。 しかし、それは!「無菌室のみでしか生きられない!」という非常に悲惨な状況を生み出す。 つまり、無菌室で育てられた子供は、大人になってから、簡単な風邪のような物にかかっただけで死んでしまったり、花粉症になりやすくなったりする。(人為的に作られてしまった病気という結果になってしまっては、そもそもの医学の意味がない。) 「因果関係」においては、病原菌が無ければ、病気にかからない事は1つの目安としてわかるが、実際の対応には、直結していかない所が、「病因学」の難しい部分である。

ここで、どの部分の「病因学」の知識が抜け落ちてしまったのか?というと、「人間の方の体の仕組み」についての理解である。 病気との関連においては、「幼児期からの抗体の獲得」という行為が、「病気にかからない丈夫な体を作る」という事であって、これは逆説的に、子供の時代には、軽い病気にかかっておいた方が、その後の大人になってから、様々な病気に対抗できる強い体を獲得できる、という行為である。 ここで、やっかいなのが「抗体の仕組み」の部分であって、「抗体」というのは、「体の中に取り込まれる物質に対して反応して、攻撃する能力」の事であって、仮に、「無菌室」で子供を育てて、何か病気が流行りそうな時にだけ、「ワクチン(弱らせた病原菌)」を投与する、という手法をとってしまうと、大きな副作用としての問題が生じる。(現代の医学や社会状況が、少し似た状況になっているので、とても危ない!) 必要の無いのに、大量に人為的に「ワクチン(弱らせた病原菌)」を投与すると、「抗体」=「体の中に取り込まれる物質に対して反応して、攻撃する能力」が、大量に誤作動してしまう。 人為的に作られた「ワクチン」は、病気にかかりづらくする為に、「多めに反応するように作られている」ので、社会的に、大量のワクチンを投与された、主に都心部の人間は、「花粉症」=「免疫過剰反応」にかかりやすくなる。 「花粉症」=「免疫過剰反応」というのは、人為的に作られた「ワクチン」が、「多めに物質に反応するので、体の中に取り込まれた物質が、花粉であっても、それを、病原菌と体が勘違いして、攻撃してしまう副作用が起こる。」 免疫抗体が、体の中に入った異物(本来は、基本的には、病原菌のみにしか反応しない)を攻撃しようとすると、その残骸の結果として、「鼻水」が出る。(「花粉」を「病原菌」と勘違いしてしまうほどに、多めに反応するように、人為的ワクチンを調整してあると、その被害は大きく、大変、苦しい花粉症の症状になってしまう!) これが、「花粉症」=「免疫過剰反応」の症状である。 ちなみに、「人為的ワクチン」ではない物が、子供が幼児期などから外で遊んだりしていて、軽くかかる風邪のような症状の事で、本来は、こういった天然にある「ワクチン」効果を利用して、次第に、「子供は、病原菌に強い、病気に打ち勝てる体を獲得していく」といった、仕組みを利用した方が望ましい。 このようにして、「花粉症」=「免疫過剰反応」というのは、人為的に作られた「公害」に近いような病気の事であるので、大量に、無意味に「ワクチン接種」を受けるのではなく、ある程度の判断が、ワクチン接種者には、ゆだねられているのである。

このようにして、「病因学」の歴史という物は、常にわからない状況に対して、1歩ずつ前進していって、「問題が解決しているように見えて、実際には、別の問題を生じてしまい、より状況がひどくなる場合も歴史の中では多く起きてきた」ので、人の命や病状に関わる事なので、日進月歩というよりも、「3歩歩いて2歩戻る」位の慎重さが必要な学問である。

関連項目[編集]