エストバキア連邦

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エストバキア連邦(エストバキアれんぽう、: Federal Republic of Estovakia)は、バンダイナムコゲームスXbox 360フライトシューティングゲームACE COMBAT 6 解放への戦火』に登場する架空国家

概要[編集]

エストバキア連邦は、エースコンバットシリーズストレンジリアル世界に存在する国家のひとつである。『エースコンバット6』において、主人公が所属するエメリア共和国の敵国として登場する。

アネア大陸の東に位置している。西はエメリア共和国と接し、北は北極海、東はセレス海、南はフォスカム海に面する。人口は2014年時点で6350万人[1]。国土の約半分は山岳地である[2]

1999年に小惑星ユリシーズの破片が自国領内に落着し、その後の内戦も相まって政治・経済共に大きな被害を被った。政治家や官僚の国外逃亡を経て中央政府は弱体化し、エストバキア内戦を経て「将軍たち」と呼ばれる各軍閥の代表者で構成される集団によって軍政一体の統治体制が敷かれた。エメリア・エストバキア戦争の敗戦によって「将軍たち」の政権はクーデターで倒れている。

歴史[編集]

旧連邦時代[編集]

エストバキア連邦は複数の共和国で構成されており、各共和国の資源や生産物の再分配による一体化した経済圏を持ち発展を続けていた[1]

国内での兵器開発技術に特筆すべきものはなく、1970年以降はユークトバニア連邦共和国ベルカ公国から大半の兵器を調達していた。しかし、1995年のベルカ戦争で最大の調達先であったベルカ公国が敗戦したため、新たな兵器の調達に支障が出る[2]。ベルカと友好関係にあったエストバキアは、戦勝国の戦犯追及を恐れて国外に脱出したベルカ人亡命者を受け入れた[3]

ユリシーズ[編集]

1996年、1994年に発見された小惑星ユリシーズの地球衝突が確定的である事が発表される。発表時点での国際天文学連合(IAU)の予測では、突入時に分散した小惑星の破片による被害は、ユージア大陸を中心とした地域とされていた。しかし、探査衛星による継続調査が行われ、その結果を受けた1998年7月の被害予測パターンの月次更新報告では、ユリシーズによる被災範囲は当初よりも大幅に拡大し、北極を挟んでアネア大陸の東部にまで破片が降り注ぐ可能性が示唆された。

発表当初(公式発表以前の協議も含めれば更に以前)より対策を練っていたユージア大陸の各国とは異なり、突然の報にエストバキア連邦を始めとしたアネア大陸各国は計り知れない衝撃を受け、各地では大規模デモの寸前まで至った。それまで講じられていた対策では広がった被害予想地域に対処する事は不可能である為、ユリシーズの落着まで残り1年という短い期間でアネア大陸の各国が独自に対策を採る必要に迫られ、時間・資源・技術の何れもが絶対的に不足していたからである。

エストバキア連邦でも、隕石迎撃の手段として超大型レールガン「シャンデリア」と、その弾体であるミサイルコンテナ「スタウロス」を開発してはいた。しかし、技術的な問題から開発が難航した上に、各国が独自に進めていた迎撃システムの兵器転用の危険性が指摘され、世界的に開発差し止めを求める動きが広まった。シャンデリアは完成の目処が立たないまま、砲身の一部が建造されるに留まり、エストバキア連邦はユリシーズの破片の落着を受けて甚大な被害を受けた。

軍閥の誕生[編集]

ユリシーズの被害によって産業やインフラが破壊され、国内は慢性的な物資不足となり、行き場を失った大量の被災者は難民と化した。官僚や政治家は混乱した国内から次々と脱出してしまい、政府機能は麻痺状態に陥った。治安は悪化の一途を辿り、国民生活の困窮は頂点に達していた。やがて、統治能力を失った政府に代わり、各地の軍人によって軍閥が結成され、エストバキア連邦は「東部軍閥」「諸島連合」「自主関税同盟」「北部高地派」「リエース派軍閥」「政府残党軍」の計6つの軍閥によって分割統治される事となった。

エストバキア内戦[編集]

ユリシーズ衝突後、世界各国、特に隣国のエメリア共和国からの復興支援が始まったが、軍閥と呼ばれる武装勢力の地域支配、並びに軍閥間の抗争・略奪が横行し、支援は一時凍結された。2002年、エストバキア国内情勢の悪化を受けて、オーシア連邦を始めとした各国はエストバキア連邦に対する戦略物資輸出規制を開始。かつての友好国であったベルカからも兵器が購入出来なくなった[4]。2007年4月、リエース中将率いるリエース派軍閥が旧政府に変わり「正統な政府」として旧首都を含むエストバキア西部を支配下に置いた。リエース派軍閥改め「リエース派統一戦線(LUF)」は復興政策を推進しており、その流れに同調してエメリア政府も凍結していた復興支援を再度進めた。だが、エメリアのLUFに対する復興支援はLUFと敵対する組織への弾圧に利用され、特にLUFの支配に対して反対の姿勢を示していた都市グレジーナにおいては、LUFによる弾圧によりおよそ20万人が死亡するという未曽有の大惨事を引き起こした。その弾圧を火種として各方面の軍閥が次々と蜂起し、エストバキアは6年もの長い内戦へと突入していった。内戦の中、グスタフ・ドヴロニク上級大将率いる東部軍閥は北部高地派を率いるアイザック・アレンスキー空軍中将と交渉し北部高地派を併合することに成功し、また諸島連合を撃破した。一方のLUFも自主関税同盟を撃破して併合し、こうしてエストバキアは東部軍閥とLUFに二分されることとなった。

2013年1月15日、数に勝るLUFは東部軍閥に対し陸と海から大規模攻勢を仕掛けるが失敗した。東部軍閥の勝利の要因は、エリートパイロット部隊であるシュトリゴン隊やヴァンピール隊の活躍の他、ベルカ戦争ベルカ事変によって発生したベルカや北オーシアからの亡命者を雇って傭兵としたこと、そしてベルカから亡命してきた技術者の協力で重巡航管制機「アイガイオン」を建造し戦場に投入できたことであった。アイガイオンによるニンバス攻撃により、国土の50%以上を支配下に置いていたLUFはわずか1週間で支配領域の約80%を喪失。最終的に同年10月29日、エメリア国境付近の戦闘でLUFは東部軍閥に決定的な敗北を喫し、中心人物のリエース中将が戦死したことで内戦は終結に向かっていくこととなる。

内戦終結後、エストバキアは主要軍閥の各軍管区司令官を務める将軍から選ばれる「将軍たち(The Generals)」と呼ばれる少数の指導者らによる軍事政権が樹立され、国内の再統一を行った。しかし統一後もユリシーズ落着の影響と内戦によって疲弊した国内をまとめることは困難を極め、インフラ復旧の遅延や、40%を超える失業率、独立を主張する武装勢力に悩まされることとなる。エメリアの有力シンクタンク・アマースト研究所による分析では、エストバキアに対する世界的な復興支援が実施されない限り、エストバキアが1990年代の経済水準に復興するまでには30年以上必要と報告している。

2013年11月、エストバキアの復興支援に尽力を注いでいたことで有名であったアイザック・アレンスキー外相が旧リエース派の武装勢力によって襲撃され翌12月2日に死亡、さらに2014年1月、エストバキア西部ビストークで復興援助物資の一時集積施設がまたもや旧リエース派に襲撃を受け、民間人27人が死傷する事件が勃発した。一方でこの襲撃後のエストバキア復興支援会議においてエストバキア側が、内戦発生の原因はエメリアの「無計画な支援」にあると言及し、両国間関係にひびが入り始めた。

エメリア・エストバキア戦争[編集]

軍事政権は疲弊しきった経済を立て直すべく、エメリアへの侵攻を決定。2015年8月30日にエメリアに宣戦布告するとともにエメリア首都グレースメリアに侵攻、エメリア軍による迎撃を退けこれを制圧した。その後は電撃的な侵攻やアイガイオンを中核とする空中艦隊の活躍によって数に勝るエメリア軍を圧倒しケセド島南部にまで追い詰めたものの、体制を立て直したエメリア軍による反攻や空中艦隊の喪失により徐々に劣勢となり、2016年3月31日にグレースメリアを奪還され、敗戦が確定的となる。それでもなおドヴロニク上級大将率いるエストバキア軍はユリシーズ迎撃用としてソーン島に建設していた巨大レールガン施設「シャンデリア」を実戦投入してグレースメリア攻撃を行ったが、翌4月1日エメリア軍との交戦の末シャンデリアは破壊され、ドヴロニク上級大将も戦死した[5]。同時期にエストバキア首都で反体制派によるクーデターが起きたことで軍事政権は崩壊。新政権は5月下旬までにエメリアとの間に停戦協定を締結し、戦争は終結した。

その後の情勢[編集]

2020年6月30日にオーシアが主催するベルカ戦争終結25周年記念式典に参加した。GAZE誌2020年7月10日号の表紙を飾ったレッドミル空軍基地でのエレファントウォークの写真では、エメリア・エストバキア戦争で活躍したシュトリゴン隊カラーの機体が他国のエース機と並び、1機のCFA-44と4機のSu-33が滑走路を行進している。また、写真の左側には5機のMiG-29が並んでいる。[6][7]

地理[編集]

都市[編集]

グレジーナ
エストバキア内戦においてLUFの支配に反発していた都市。これを受けてLUFは街のライフラインを破壊し物資の配給も停止したため、20万人もの市民が犠牲となった。
ビストーク
エストバキア西部に位置する都市。エメリアによるエストバキアに対する復興支援物資の中継拠点となっていた。

施設[編集]

ザウレク国際空港
アレンスキー外相が襲撃された空港。アレンスキー外相はここからエメリア訪問に赴く途中であった。

地域[編集]

ソーン島(Sonne Island)
アネア大陸北部の北極海上にある島で、外海(北極海)とラーズグリーズ海峡を東西に隔てている。周囲は流氷で覆われる極寒の地である。ユリシーズの破片が落着し、アンテノラクレーターと呼ばれるクレーターが形成されている。
ノルテ島(Norte Island)
エストバキア本土の東に位置する島。
ラーズグリーズ海峡(Razgriz Straits)
エストバキア北西、エメリア北東に位置する流氷に覆われた海峡。海峡の東側がエストバキア領、西側がエメリア領となる[8]

エストバキアの軍事[編集]

大規模な陸海空軍を有する。内戦時には国内各地に軍閥が存在し、内戦後彼らが有していた兵器や人員がそのままエストバキア軍として残った可能性がある。

特筆すべき事柄として、重巡航管制機「アイガイオン」を中核とした空中艦隊なる巨大な航空機群を運用していた。これはドヴニロク上級大将の「空中艦隊構想」に基づくもので、特殊弾頭を搭載した長距離巡航ミサイル「ニンバス」と、艦載機として搭載するシュトリゴン隊による広範囲の航空優勢確立を主任務としていた。また、エメリア・エストバキア戦争末期には小惑星ユリシーズ迎撃用として建造された超巨大レールガン施設「シャンデリア」が実戦投入され、エメリア首都グレースメリア攻撃に用いられた。

陸軍[編集]

大規模な戦力を整えており、エメリア西部海岸並びにシルワート、グレースメリア等占領地で未だ戦闘状態が続く、又は可能性のある地域に多数の機甲部隊や対空部隊、砲兵部隊、歩兵部隊を配備していた。彼らが有していた工兵隊も非常に大規模な可能性がある。

エメリア・エストバキア戦争時は主力戦車としてチョールヌイ・オリョールを運用した他、装甲兵員輸送車としてM113を、その他にもM110自走榴弾砲MLRSを運用した。対空装備も充実しており、ゲパルト自走対空砲VADSADATS自走対空ミサイルシステムなどを運用している。特色すべき事柄としては、装甲列車列車砲を運用していたことが挙げられる。装甲列車は補給ルート防衛を主任務とした1両編成の列車で、用途に応じて長距離砲や対空砲座・対地ロケットランチャー、20mm機関砲と対空ミサイルランチャーによる複合防空兵装「スカイシールド複合対空ランチャー」を装備する。列車砲は1000mm口径という旋回式の超大型砲を主兵装として搭載しており、派生型として足回りを無限軌道に置き換えた自走砲型も存在していた。

空軍[編集]

大規模な戦闘機部隊や、B-52XB-70を有する爆撃機部隊、EA-200電子戦機による電子戦機部隊、C-17による輸送機部隊、KC-10による空中給油機部隊などを持つ。戦闘機部隊の使用機種は多種多様だが、エース部隊であるシュトリゴン隊はSu-33を使用していた。

海軍[編集]

多数の戦艦空母巡洋艦イージス艦駆逐艦を保有しており、充実した戦力を有していた。空母航空団も存在しているようで、作中ではF-14DF/A-18FラファールMを運用している。先述した空中艦隊も、その機体規模故に離着水能力を持つ飛行艇として設計されたことから管轄下に置いていた。

エメリア・エストバキア戦争では空中艦隊が猛威を振るった他、水上艦艇による艦隊もラルゴムビーチやサン・ロマにおいて度々エメリア空海軍と交戦しており、戦争後期のグレースメリア解放戦では、戦艦と空母を含む大規模艦隊がグレースメリアの王様湾内外に展開してエメリア空海軍と交戦した。また、戦争末期のシャンデリア攻防戦では複数のイージス艦や駆逐艦による艦隊がソーン島周辺に展開してシャンデリア防衛任務に当たっており、シャンデリア破壊のために飛来したエメリア空軍部隊と交戦している。

エストバキア人の呼称[編集]

『エースコンバット6』作中において、英語音声に限り、エメリア人はエストバキア人のことをたびたび「ストヴィーズ(Stovies)」と呼ぶ。

脚注[編集]

  1. ^ a b 『エースコンバット6 解放への戦火 コンプリートガイド』、170頁。
  2. ^ a b ACES WEB:ACE COMBAT™ 6 解放への戦火 (Youtube). バンダイナムコエンターテインメント. 25 December 2020. 該当時間: 12:38. 2020年12月26日閲覧
  3. ^ 『ACES at WAR A HISTORY 2019』、13頁。
  4. ^ https://ace7.acecombat.jp/clm/column04.php
  5. ^ シャンデリアと運命を共にしたとも、航空機で脱出しようとして撃墜されたともいわれる。
  6. ^ GAZE 2020年7月10日号特集:「戦争の英雄達:環太平洋戦争機密文書解除」”. エースコンバット7公式サイト. バンダイナムコエンターテインメント. 2020年12月26日閲覧。
  7. ^ ACE COMBAT 25th Anniversary WALLPAPER”. ACE COMBAT™シリーズ25周年特設サイト. バンダイナムコエンターテインメント. 2020年12月28日閲覧。
  8. ^ 『ACES at WAR A HISTORY 2019』、146-147頁。

参考資料[編集]

  • Xbox 360ソフト『エースコンバット6 解放への戦火』 バンダイナムコゲームス、2007年
  • 『エースコンバット6 解放への戦火 コンプリートガイド』 ソフトバンククリエイティブ、2008年 ISBN 978-4-7973-4323-6
  • エースコンバット7 コレクターズエディション付属ブックレット『ACES at WAR A HISTORY 2019』 バンダイナムコエンターテインメント、2019年

関連項目[編集]