エステル・モレノ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はモレノ第二姓(母方の)はレオンです。
エステル・モレノ
プロフィール
リングネーム エステル・モレノ
チキータ・アステカ
本名 マリア・エステル・モレノ・レオン
ニックネーム アステカの妖精
身長 153cm
体重 58kg
誕生日 (1969-02-20) 1969年2月20日(49歳)
出身地 メキシコの旗 メキシコメキシコシティ
トレーナー アルフォンソ・モレノ
ブルー・パンテル
デビュー 1984年3月18日
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エステル・モレノEsther Moreno1968年12月10日 - )は、メキシコの女子プロレスラー。本名・マリア・エステル・モレノ・レオンMaria Esther Moreno León)。父は元レスラーでアレナ・アステカ・ブドーカンのプロモーターだったアルフォンソ・モレノ。モレノ4姉妹の次女で、上からロッシーエステルシンティアアルダとなる。弟(シンティアとアルダの間)もオリエンタルのリングネームでルチャドールとして活躍している。イホ・デル・ドクトル・ワグナーは甥(ロッシーの息子)。

経歴[編集]

LLIに入団し、1984年3月18日、ネッサにてエステラ・メリナ&マリア・レイ戦(パートナーはシレニータ)でルチャドーラデビュー。

1986年、設立されたばかりのジャパン女子プロレスに留学生として来日。旗揚げ戦ではこの試合がデビュー戦となった尾崎魔弓とタッグ。ムーンサルトアタックを日本で初めて披露した。

2年間活動した後に帰国し、EMLLに移籍。

1990年、再来日して全日本女子プロレスに定着参戦。この時はラ・ディアボリカを帯同した。マスクウーマン「チキータ・アステカ」にも変身し、チャパリータASARIとも渡り合った。

1991年、妹シンティアを全女に連れ、姉妹タッグでラス・カチョーラス・オリエンタレスを降し全日本タッグを奪取。

その後、負傷による長期欠場を経て、Jd'旗揚げに参加。アルシオンJWPにも参戦している。帰国後のメキシコではAAAに活躍の場を移した。

得意技[編集]

  • ムーンサルト・プレス
  • ラ・ケブラーダ

タイトル歴[編集]

外部リンク[編集]