コンテンツにスキップ

エジプト共和国 (1953年-1958年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エジプト共和国
جمهورية مصر (アラビア語)
エジプトの位置
エジプト共和国の位置
国歌السلام الجمهورى المصرى英語版(アラビア語)
エジプト共和国国歌
公用語 アラビア語
首都 カイロ
大統領
1953年 - 1954年 ムハンマド・ナギーブ
1954年 - 1958年 ガマール・アブドゥル=ナーセル
首相
1953年 - 1954年 ムハンマド・ナギーブ
1954年 - 1958年 ガマール・アブドゥル=ナーセル
面積
1,010,408km²
人口
1953年 22,028,134人
1958年 25,209,462人
変遷
共和国宣言 1953年6月18日
スーダンの独立 1956年1月1日
スエズ運河国有化 1956年7月26日
第二次中東戦争 1956年 - 1957年
アラブ連合共和国 1958年2月22日
通貨 エジプト・ポンド
現在  エジプト
先代 次代

エジプト共和国(エジプトきょうわこく、アラビア語: جمهورية مصرǦumhūriyyat Maṣr)は、イギリスから影響を受けすぎていると見なされ、それと合わせて第一次中東戦争の敗北、その後の自由将校団によって主導されたエジプト革命により、王制が支持を失った結果成立した。1953年の王制の正式な廃止から、1958年のシリアとの合併でアラブ連合共和国と改称するまで、エジプト共和国であると公布していた。

共和国宣言により、ムハンマド・ナギーブはエジプト初の大統領に就任した[1]

彼のあとに就任したガマール・アブドゥル=ナーセルは、1970年に没するまで大統領を務めた。ナーセルは2000年以上の歴史の中で、エジプト初のエジプト人元首でもあった[2]

出典

[編集]