エアポート成田

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
エアポート成田
エアポート成田(下総中山駅)
エアポート成田(下総中山駅
運行事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
列車種別 普通列車快速列車
運行区間 久里浜駅横須賀駅逗子駅大船駅東京駅成田空港駅
経由線区 横須賀線総武快速線総武本線成田線
使用車両
(所属区所)
E217系
鎌倉車両センター
運行開始日 1991年3月19日[1]
種別・方向幕(E217系・更新前)

エアポート成田(エアポートなりた AIRPORT-NARITA)とは、東日本旅客鉄道(JR東日本)が総武線快速電車の内、成田空港駅行きの快速に与えた名称である。なお、現在は成田空港駅から東京・久里浜方面へ向かう列車は快速のみの表記であり「エアポート成田」の名称は使用していないが、以前は成田空港駅発の快速列車にもこの名称を使用していた。

横須賀線では普通列車の扱いなので、単に「エアポート成田」または「普通 エアポート成田」と案内される。

運行概況[編集]

  • 基本的には、総武線快速電車の一部である。
  • 夕方時間帯を除き、毎時1 - 2本運転される。
  • 成田空港駅発東京・久里浜方面行きの列車はこの名称を使用せず単に「快速」(または「普通」)を名乗る。ただし駅員や車掌によっては、成田空港行きであっても、単に種別と行先しか放送しないこともある。
  • 運行路線のいずれかで異常事態が発生した場合、直通運転を中止して線内折り返し運転になることがあるが、その場合でも「エアポート成田」の愛称のまま横須賀線の東京行きなどになることがある(無論、行先幕や車内アナウンスは単に「東京」となる。ただし、駅の案内などでは「エアポート成田・東京行き」とアナウンスされることが多い)。
  • 成田線から鹿島線乗り入れの鹿島神宮行きの列車を併結している列車や総武本線成東行きの列車を併結している列車も1日1本ずつ存在する(ともに佐倉編成を分割する)。鹿島神宮行きについては以前は成田駅でも編成を分割していたが、大幅な削減により佐倉駅でのみの分割となった。
  • E217系の制御装置更新にあわせ自動放送装置を設置し、使用開始している。その際に路線名は放送せず、「この電車は、(快速)エアポート成田・成田空港行きです。This is a Airport-Narita (Rapid service) train for Narita-Airport.」と放送される。また千葉駅と成田駅発車後は、成田空港から利用する航空会社によって、降車駅が異なる放送が流れる。以前は使用車両であるE217系には自動放送装置が装備されておらず、車内放送車掌が行っており、当列車の運用では車掌が所持しているテープレコーダーから英語放送を再生していた。ただし手動再生のため、車掌によっては流れない場合もあった。
  • 113系を使用していた時期から、側面行先表示器に青文字(LEDでは赤文字)で「エアポート成田」と併記されている。
  • ほとんどの快速「エアポート成田」が、市川駅・千葉駅・佐倉駅・成田駅のいずれかで、特急「成田エクスプレス」の通過待ちを行う。通過待ちを行わないのは、成田空港行きでは、久里浜始発が4本(うち1本、土休日は逗子始発)、逗子始発が1本(うち1本、土休日は大船始発)、東京始発が1本の計6本ある。一方の成田空港始発では、久里浜行きが3本(うち1本、土休日は大船行き)、東京行きが1本の計4本ある。

使用車両

  • E217系1995年(平成7年)度から。先頭車正面右側に設置されている路線名・列車種別表示器には黒地に青文字で「エアポート成田」と表記される。大半の列車は基本編成11両と付属編成4両の15両編成で運行されており、基本編成4・5号車に2階建てグリーン車が連結されている。

以前使用されていた車両

  • 113系1991年平成3年)3月19日の運転開始時から1999年(平成11年)12月3日まで。15両(一部11両)編成で、基本編成4・5号車にグリーン車を連結していた。

停車駅[編集]

千葉駅 - 都賀駅 - 四街道駅 - 物井駅 - 佐倉駅 - 酒々井駅 - 成田駅 - (堀之内信号場) - 空港第2ビル駅 - 成田空港駅

沿革[編集]

特別快速「エアポート成田」[編集]

1991年4月26日[3]から1992年11月29日[4]までの間、特急「成田エクスプレス」を補完する目的で、臨時列車として特別快速「エアポート成田」が(大船 ‐ )東京 ‐ 成田空港間を運行していた。東京駅始発・終着のほか、1991年は日曜に横須賀線経由で大船駅まで延長されることもあった。停車駅は横須賀線内各駅と、東京駅・錦糸町駅・船橋駅・津田沼駅・千葉駅・成田駅・成田空港駅だった[3]。使用された車両は他の横須賀線・総武快速線列車と同じ113系11両編成(1992年は15両編成[4])で、『特快エアポート成田』と書かれたヘッドマークを掲出した時期もあった。1991年7月20日から9月1日までは毎日運転であったが、それ以降は土曜・休日のみの運転となった。また1991年秋頃にはダイヤは同じであるものの、愛称なしで運転されていたとのことである[4]。方向幕では快速(普通)「エアポート成田」が青色であるのに対し、特別快速「エアポート成田」は赤色であった。

特別快速「エアポート成田」は、時期によってダイヤは異なるが、以下の1往復が運転されていた。通過駅および信号場については、ホーム上を通過する駅と通過時刻が確認できる駅および信号場のみ記載する。丸括弧は通過時刻、角括弧は運転停車における到着・発車時刻、レは通過または運転停車を表す。なお、休日ダイヤを前提とする。

大船→東京→成田空港
時期 1991年[5] 1992年[6]
列車番号 大船-東京間:9752M
東京-成田空港間:9453M

東京-成田空港間:9453M
列車種別 特別快速 特別快速
列車名 エアポート成田 エアポート成田
大船 09:40発
戸塚 09:45着
09:45発
東戸塚 09:49発
保土ヶ谷 09:54発
横浜 09:57着
09:57発
新川崎 10:06着
10:07発
西大井 10:15発
品川 10:19着
10:20発
新橋 10:25発
東京 10:29着
4番線[7]
10:30発

3番線
11:25発[8]
新日本橋
馬喰町
錦糸町 10:37着
10:38発

11:32発
新小岩
市川 (10:45発)
船橋 10:51着
10:51発

11:46発
津田沼 10:55着
10:55発

11:50発
幕張 (10:59発)
稲毛 (11:01発)
千葉 11:05着
11:05発
12:00着
12:01発
東千葉
都賀
四街道 (11:13発)
物井
佐倉 (11:20発)
酒々井 (11:26発)
成田 11:32着
11:34発
12:26着
12:27発
根古屋(信) (11:39発)
成田空港 11:44着
2番線
12:41着

成田空港→東京→大船
時期 1991年[5] 1992年[6]
列車番号 成田空港-東京間:9454M
東京-大船間:9755M
成田空港-東京間:9454M
 
列車種別 特別快速 特別快速
列車名 エアポート成田 エアポート成田
成田空港 2番線
12:21発

13:35発
根古屋(信) [12:26着]
[12:33発]

成田 12:38着
12:39発
13:44着
13:44発
酒々井 (12:45発)
佐倉 (12:50発)
物井
四街道 (12:56発)
都賀
東千葉
千葉 13:03着
13:03発
14:09着
14:10発
稲毛 (13:07発)
幕張 (13:09発)
津田沼 13:13着
13:14発

14:20発
船橋 13:17着
13:18発

14:24発
市川 (13:23発)
新小岩
錦糸町 13:31着
13:31発

14:38発
馬喰町
新日本橋
東京 13:39着
1番線[9]
13:40発
14:45着
4番線[10]

新橋 13:43発
品川 13:48着
13:49発
西大井 13:54発
新川崎 14:01着
14:01発
横浜 14:10着
14:11発
保土ヶ谷 14:14発
東戸塚 14:19発
戸塚 14:23着
14:24発
大船 14:30着

当時は横須賀線の武蔵小杉駅と、成田線の空港第2ビル駅は未開業であった(前者は2010年3月13日、後者は1992年12月3日開業)。また現在、根古屋信号場は廃止されており、代わりに堀之内信号場が開業している(2009年3月14日開業)。

横須賀線ではS、総武・成田線ではFを列車番号の末尾に付けるのが原則だが、この列車はMを列車番号の末尾に付けていた。また後に設定される通勤快速も、登場当初はMを列車番号の末尾に付けていた。

快速と違い、横須賀線内も含め全区間で特別快速扱いだった。

当時の東京 ‐ 成田空港間には、特別快速同様に特急「成田エクスプレス」を補完する目的で、特急「ウィングエクスプレス」が運行されており、停車駅が東京駅・錦糸町駅・船橋駅・千葉駅・成田駅・成田空港駅と、特別快速と比べて津田沼駅を通過するかどうかの違いしかなかった。

1992年のダイヤでは、特別快速「エアポート成田」は特急「ウィング(「ウィングエクスプレス」から改称)」(成田空港行き3号、成田空港始発2号)に、特急「ウィングエクスプレス」(成田空港行き1号、成田空港始発2号)は特別快速「エアポート成田」にそれぞれ置き換えられたのと同時に、特別快速「エアポート成田」の横須賀線への直通が休止された[6]

脚注[編集]

  1. ^ #沿革を参照
  2. ^ 「エアポート成田」の愛称は、『JTB時刻表1991年3月号』では併記されておらず、『JTB時刻表1991年6月号』では併記されていることが確認できる。
  3. ^ a b 『鉄道ダイヤ情報第88号(1991年8月号)』、124頁。ただし同書によれば、直前に運転計画が決定したため、市販の時刻表には掲載されなかったとのこと。また『鉄道ファン第364号(1991年8月号)』、156頁および『鉄道ジャーナル第298号(1991年8月号)』、112頁によれば、成田駅は停車駅に含まれていない他、「大船09時30分/東京10時30分/成田空港11時42分と成田空港12時25分/東京13時39分/大船14時30分」と若干ではあるが1991年7月ダイヤとは異なる。
  4. ^ a b c 『鉄道ピクトリアル』681号 89頁。
  5. ^ a b 『JTB時刻表1991年7月号』、『鉄道ダイヤ情報第88号(1991年8月号)』。上下とも市川駅で先行の総武線快速を追い抜き(平日:下り1011F、上り1178F/休日:下り941F、上り1160F)、千葉駅で当駅始発・終着の成田線普通に接続していた(下り439M、上り1448M)。
  6. ^ a b c 『JTB時刻表1992年7月号』。下りのみ始発駅である東京駅で逗子始発の総武線快速に接続(土曜:1059F/休日:1079F)、上下とも千葉駅で当駅始発・終着の総武線普通に接続(下り:355M、上り:360M)と上りのみ当駅始発の総武線快速に接続していた(土曜:1456F/休日:1422F)。また上りに関しては、平日は特急「ウィング4号」(津田沼駅通過)として運転された。
  7. ^ 平日・土曜(東京駅始発)の場合は、錦糸町駅からの回送列車が折り返し運用に就く(列車番号9452M、錦糸町10:16発、東京10:25着)。
  8. ^ 1992年秋は11:26発
  9. ^ 平日・土曜(東京駅終着)の場合は、3番線到着後、折り返し回送列車として錦糸町駅へ回送される(列車番号9455M、東京13:48発、錦糸町13:57着)。
  10. ^ 土曜の場合は3番線

関連項目[編集]