ウルリヒ・グラーフ

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1932年、親衛隊少佐時代のウルリヒ・グラーフ

ウルリヒ・グラーフ(Ulrich Graf、1878年7月6日1950年3月3日)は、ドイツの政治家アドルフ・ヒトラーボディーガードだった人物。草創期からの親衛隊の隊員であり、最終階級は親衛隊少将(SS-Brigadeführer)。

略歴[編集]

バッハハーゲルde:Bachhagel)出身。軍に入隊していたが、1904年に負傷がもとで除隊した。その後、ミュンヘンで公務員を務めた後、肉屋を開業した。第一次世界大戦後にナチ党の前身ドイツ労働者党(DAP)に参加し、1921年にナチ党に入党(党員番号2,882)。アマチュアのレスラーだったため、1920年から1923年までアドルフ・ヒトラーのボディーガードを務めた。1923年のミュンヘン一揆の際に警官隊から銃撃を受けた際にヒトラーの前に立ってかばい、代わりに銃弾を受けて激しく負傷した。ウルリヒは銃弾を受けながらも叫んだ。「撃つな。ヒトラー、ルーデンドルフ両閣下だ!!」。後にグラーフはヒトラーから1923年11月9日記念メダル(血盟勲章)を授与された。

1924年2月にミュンヘン市の市議会議員となる。1925年1月1日、再建されたナチ党へ再入党(新しい党員番は8)。さらに親衛隊が組織されるとその草創期のメンバーとなる(隊員番号26)。1936年には国会議員となる。1943年に親衛隊少将に昇進。1948年に5年の労働刑判決を受けた。1950年にミュンヘンにおいて死去した。

参考文献[編集]

  • ハインツ・ヘーネ著『SSの歴史 髑髏の結社』(フジ出版社)28ページ。ISBN 4-89226-050-9日本語
  • Charles Hamilton著『LEADERS & PERSONALITIES OF THE THIRD REICH VOLUME1』274ページ。ISBN 0912138270英語