ウォルター・ヘンリー・メドハースト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ウォルター・ヘンリー・メドハースト
Walter Henry Medhurst
Walter Medhurst.jpeg
メドハースト(左)と朱徳郎
生誕 1796年4月29日
イングランドの旗 イングランド
死没 1857年1月24日(満60歳没)
イングランドの旗 イングランド ロンドン
職業 宣教師
宗派 会衆派

ウォルター・ヘンリー・メドハーストWalter Henry Medhurst1796年4月29日1857年1月24日)は、会衆派イギリス人宣教師中国学者、出版人である。上海にはいった最初の宣教師であり、また中国語聖書翻訳改訂出版に尽力した。

中国名は麦都思(Mài Dūsī)。日本では『英和・和英語彙』の著者として特に知られる。

生涯[編集]

(外部リンクの華人基督教人名辭典による)

メドハーストは1796年にロンドンに生まれた。15歳のときにグロスターで印刷技術を学んだ。1816年にロンドン伝道協会(LMS)に参加して、マラッカに赴任した。ロンドンからマラッカへ行く途中、マドラスに数ヶ月逗留したが、この間にエリザベス・マーティンに会って結婚し、ともにマラッカへと赴いた。1817年6月12日にマラッカに到着し、ウィリアム・ミルンの助手として、中国語雑誌「察世俗毎月統記伝」の発行を手伝った。1819年にはペナンに移り、学校を開いた。同年牧師按手を受け、ペナンとバタヴィアで宣教活動を行った。メドハーストはバタヴィアでも学校を開き、また印刷所を設立した。1822年にミルンが没するとマラッカにかわってバタヴィアがロンドン伝道協会の中心的な印刷所になった。

1834年にロバート・モリソンが没すると、その子のジョン・ロバート・モリソンカール・ギュツラフイライジャ・コールマン・ブリッジマン、およびメドハーストの4人はモリソンが中国語に翻訳した聖書の改訂を行った。しかし英国外国聖書協会はこの改訂を認めず、新約と旧約のヨシュア記まで翻訳したところで共同作業は中断し、残りはギュツラフがひとりで翻訳した。この版は太平天国で使われた[1]

アヘン戦争後、メドハーストは新しく開かれた上海に移って、そこで宣教活動を行った。1843年に香港で会議が開かれ、イギリスとアメリカの宣教師らによる委員会が共同で中国語訳聖書を改訂することになった。委員会は中国人の王韜らの協力を得て、1852年に改訂した『新約全書』を、1853年に『旧約全書』を出版した。この改訂訳は英国外国聖書協会に正式に採用された。この翻訳は文理訳(文言文、漢文)だったが、メドハーストらは『新約全書』を官話にも翻訳し、1857年に出版された[2]

メドハーストはかつてバタヴィアに建てた印刷所を上海に移した。これが墨海書館(The London Missionary Society Press)である。印刷所では宣教用の書物のほかに、西洋の政治・科学などの書物を中国語に翻訳して出版した。

1843年にニューヨーク大学から名誉神学博士を授かった。

1856年に上海を離れて帰国の途につき、1857年1月22日にロンドンに帰り着いたが、その2日後に死亡した。

同名の息子(1823-1885)もイギリス領事として中国で活躍した。

主著[編集]

漢英字典

メドハーストはさまざまな言語に通じており、また自分の印刷所を持っていたため、出版した書物は多く、中国語によるもの59種、英語27種、マレー語6種類にのぼる。

1857年に日本で『英語箋』の名で翻刻出版されている[3]
  • Philo-Sinensis (1835). Translation of a comparative vocabulary of the Chinese, Corean, and Japanese languages. Batavia. (朝鮮偉国字彙)
シーボルトがもたらした洪舜明『倭語類解』(朝鮮人向けの日本語辞書)を元にした、朝鮮語と日本語の単語集[4]

メドハーストは初めて中国語の原文から『書経』を英訳した。

また、絹と茶の産地を訪れた旅行記の中で『農政全書』の抄訳も行っている[5]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ Jessie Gregory Lutz (2008). Opening China: Karl F.A. Gützlaff and Sino-Western Relations, 1827-1852. Wm. B. Eerdmans Publishing. pp. 158-161. ISBN 080283180X. 
  2. ^ 『聖經中文譯本編年紀』 聖經 • 中文 • 翻譯http://www.translatebible.com/200132599132854321473000120358.html 
  3. ^ 『村上英俊閲『英語箋』』 京都外国語大学付属図書館https://www.kufs.ac.jp/toshokan/gallery/135.htm 
  4. ^ オースタカンプ・スヱン 「シーボルトの朝鮮研究――朝鮮語関係の資料と著作に注目して」『国際シンポジウムシーボルトが紹介したかった日本 : 欧米における日本関連コレクションを使った日本研究・日本展示を進めるために : 予稿集』 国立歴史民俗博物館(久留島研究室)、2014年、41-51頁。
  5. ^ 吳莉葦「遊走於傳教士與漢學家之間──清華大學圖書館藏十九、二十世紀之交新教傳教士漢學著作綜述」、『清華中文學報』第6号、2011年、 209-241頁。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]