ウェーバー条項

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ウェーバー条項(ウェーバーじょうこう)は、1948年に発足したGATT(関税および貿易に関する一般協定)の規約25条第5項を指す。

この条項は、GATT加盟国の3分の2以上の多数決により、加盟国の義務を免除するものである。この条項により義務免除を認められた実例は、数多くある[1]。しかしその多くは途上国への特恵関税であるとか、一時的な措置である。そのなかで米国が農業調整法に基づく輸入制限について受けたウェーバーは、内容がはなはだしくGATTの原則を逸脱するものであった。

アメリカの農業調整法対象品へのウェーバー[編集]

このウェーバは、アメリカが国内価格を保護するため農業調整法で輸入制限することにした品目は、自動的にウェーバー品目となり、かつ、その期限は無期限であるというものであった。、具体的には酪農品、砂糖ピーナッツ綿など14品目が対象になっていたが、農業調整法を改正すれば無制限に拡大できた。ウルグアイ・ラウンドの農業分野では、日本コメが問題にされることが多かったが、アメリカのウェーバーの方が「聖域」としての性格がより強かったといえる。

アメリカがウェーバーを申請し、その特権を獲得したのは1955年で、第二次世界大戦終結から10年しか経っていない。政治的にも経済的にもアメリカの力は強大で、当時のGATT加盟国35ヶ国の大部分は先進国であり、アメリカからマーシャル・プランの形で復興援助を受けていた。世界最大の農産物輸出国であるアメリカが、輸入制限の特例を手にすることができたのはこうした事情による。

1987年から本格化したウルグアイ・ラウンド交渉において、アメリカ自身、ウェーバーという特権を持つことでGATT交渉で制約を受けていたという事情もあり、早い時期に同条項を含む農業保護措置の全廃を打ち出した。しかし、現実にはアメリカ国内の農業団体の反発は強く、一方、EC(当時)が輸入課徴金(関税とは別に輸入品に課せられる輸入税)や輸出補助金の削減に難色を示していたこともあって、同ラウンドで農業交渉は最大の障害だった。「ウェーバーもGATTのルールに乗せるべきだ」とする日本の要求も、逆にアメリカから「コメの関税化受け入れが先だ」と非難されていた。しかし、1992年11月のアメリカとEC間の「ブレアハウス合意」で、双方が農業分野で歩み寄り、さらに1993年秋になって日本がコメ問題で譲歩したことから、8年越しのウルグアイ・ラウンドも基本合意し、ウェーバー品目も関税化されることが決定した。

WTO協定におけるウェーバー[編集]

WTO協定においても義務免除の規定がある(第9条3)が、必要な多数決が4分の3に引き上げられるとともに、1年を超える場合は毎年の見直しが義務付けられ(第9条4)、規律の強化がされている。

出典[編集]

  1. ^ 津久井茂充(1997) WTOとガット 日本関税協会 PP715-718 に一覧がある。