ウィリアム・マクマスター・マードック

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1911年のマードック

ウィリアム・マクマスター・マードック: William McMaster Murdoch1873年2月28日 - 1912年4月15日)は、イギリス航海士。客船タイタニック号に一等航海士として乗船しており[1]同船の沈没事故により命を落とした。

経歴[編集]

タイタニック乗船まで[編集]

1873年スコットランドダルビーティ英語版の船乗りの家庭に生まれる[2]。1887年、ダルビーティ高校英語版を卒業。リバプールのWilliam Joyce & Coy社で5年間航海士訓練生として勤務。

必要な免許を取った後、ホワイト・スター・ライン社に入社[2]1900年から1912年にかけて、セルティック号、ジャーマニック号、アドリアティック号などに乗務。タイタニック号の姉妹船、オリンピック号にも1911年から1年近く乗務した。

オリンピック号。左から一等航海士マードック、航海士長ジョセフ・エヴァンズ、四等航海士デイヴィッド・アレグザンダー、スミス船長

1903年、ニュージーランドで教師をしていたエイダ・フローレンスと出会う。

タイタニック号の一等航海士[編集]

1912年3月、タイタニック号乗務を命じられる。マードックは当初航海士長だったが、大型船舶の航海士長の経験がないことをスミス船長に憂慮され、オリンピック号の航海士長だったヘンリー・ティングル・ワイルドが航海士長として急遽転属することになり、マードックは一等航海士に格下げされた[3]

スミス船長、ワイルド航海士長、マードック一等航海士、ライトラー二等航海士の4人が交代制でブリッジの指揮を執った[4]。1912年4月14日午後11時40分にタイタニックが氷山に衝突した際にはマードックが当直だった。衝突直前、氷山を発見したマストの見張りからの電話で「正面に氷山があります」との報告を受けた六等航海士ジェームズ・ポール・ムーディはすぐにマードックに対してその言葉を繰り返して報告した。マードックは操舵員ロバート・ヒッチェンス英語版に「おも舵一杯」と指示。さらに機関室用信号機を使って両エンジンに全速後進の指示を出した。結果、氷山への正面衝突は免れたものの、船体右舷と氷山が接触した。マードックはすぐにボイラー室と機関室の防水壁を閉じるスイッチを押し、ブリッジへ戻ってきたスミス船長に状況を報告した[5]

その後、トマス・アンドリューズの船室でタイタニックが沈没するであろう旨の状況説明を受けたスミス船長は、4月15日に入った午前0時5分頃に救命ボートの準備をするよう指示を出し、マードックは乗客を集める準備にかかった[6]。さらに午後0時20分、スミス船長はマードックを右舷ボート、二等航海士ライトラーを左舷ボート担当に任じた[7]。またスミス船長は「婦女子優先」を命じていたが、この命令をライトラーは徹底したのに対し、マードックは緩やかに適用した。たとえば主人と離れたがらない夫人などの場合、マードックは座席に余裕があれば夫と一緒に乗ることを許可することが多かった。それによって余計な遅れをなくそうという考えからだった[8]

ライトラーによれば、マードックは2時15分頃、折り畳み式のA号ボートを吊り柱に取り付けようと悪戦苦闘していたところ、船首が沈んで船尾が上がるにつれてボートデッキを上がってくる水に飲み込まれて命を落としたという[9]。39歳没

マードックを演じた人物[編集]

1997年映画『タイタニック』の表現をめぐって[編集]

1997年の映画『タイタニック』は、マードックを賄賂を受け取ったあげく、乗客を射殺した殺人者かのように描いたため、その家族やダルビーティ市民から批判を集めた。1998年に20世紀フォックスの副社長スコット・ニーソン(Scott Neeson)がマードックの80歳の甥のところへ出向いて謝罪を行っている[10]

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ 井上たかひこ 『水中考古学 クレオパトラ宮殿から元寇船、タイタニックまで』 中央公論新社2015年、150頁。ISBN 978-4-12-102344-5
  2. ^ a b バトラー 1998, p. 88.
  3. ^ バトラー 1998, p. 83-84/96-97.
  4. ^ バトラー 1998, p. 97.
  5. ^ バトラー 1998, p. 123-129.
  6. ^ バトラー 1998, p. 134.
  7. ^ バトラー 1998, p. 161.
  8. ^ ペレグリーノ 2012, p. 161.
  9. ^ バトラー 1998, p. 232-233.
  10. ^ “Titanic makers say sorry”. BBC News. (1998年4月15日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/78839.stm 2017年12月22日閲覧。 

参考文献[編集]

関連項目[編集]