ウィリアム・フリードキン

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ウィリアム・フリードキン
William Friedkin
William Friedkin
生年月日 (1935-08-29) 1935年8月29日(81歳)
出生地 シカゴ
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
配偶者 ジャンヌ・モロー (1977-1979)
レスリー=アン・ダウン (1982-1985)
Kelly Lange (1987-1990)
Sherry Lansing (1991-)

ウィリアム・フリードキンWilliam Friedkin, 1935年8月29日 - )は、アメリカ合衆国映画監督

来歴[編集]

イリノイ州シカゴ出身。両親はウクライナからのユダヤ人移民。フリードキンの祖父や祖母、両親、親類はみな帝政ロシア下で起こった1903年のポグロムから逃れてきた人たちであった[1]

地元のセン高校に入学。高校時代は花形バスケット選手だったが、父親の死で大学進学をあきらめ、1955年、地元のTV局にメッセンジャーボーイとして入り、その後は数々の番組でアシスタントディレクターを務める。

1960年代に入りドキュメンタリーの監督などをして注目され、1965年にハリウッドに移る。1967年、『ソニーとシェールのグッド・タイムス』(日本ではビデオのみ公開)で劇場映画の監督としてデビュー。

1971年の『フレンチ・コネクション』(アカデミー作品賞アカデミー監督賞受賞)、1973年の『エクソシスト』で高く評価されたが、多額の制作費をかけた1977年の次作『恐怖の報酬』(1953年の同名フランス映画リメイク版)は興行・批評とも失敗に終った。その後も『クルージング』や『L.A.大捜査線/狼たちの街』『英雄の条件』『キラー・スナイパー』など物議をかもす作品を発表している。

2000年代からは、オペラの演出も手掛けている。

主な作品[編集]

長編劇映画[編集]

TVドキュメンタリーなど[編集]

  • Walk Through The Valley (1960) (教会PR映画)
  • The People vs. Paul Crump (1962) (TVドキュメンタリー)
  • The Bold Men (1965) (TVドキュメンタリー)
  • ヒッチコック劇場 シーズン3 第29話 Off Season (1965) (TVドラマ)
  • Pro Football: Mayhem on a Sunday Afternoon (1965) (TVドキュメンタリー)
  • The Thin Blue Line (1966) (TVドキュメンタリー)
  • Fritz Lang Interviewed by William Friedkin (1974) (長編ドキュメンタリー)
  • 新トワイライト・ゾーン シーズン1 第4話 帰還兵 Nightcrawlers (1985) (TVドラマ)
  • C.A.T.スクワッド/対ゲリラ特別襲撃班 C.A.T. Squad (1986) (TVドラマ)
  • C.A.T.スクワッド2/国際テロパイソン・ウルフの挑戦状 C.A.T. Squad: Python Wolf (1988) (TVドラマ)
  • 新ハリウッド・ナイトメア シーズン4 第3話 マジック・タトゥー On a Deadman's Chest (1992) (TVドラマ)
  • ゲッタウェイ!エンジェル シーズン1 第8話 Rebel Highway Jailbreakers (1994) (TVドラマ)
  • 12人の怒れる男 評決の行方 12 Angry Men (1997) (TVドラマ)
  • CSI:科学捜査班 シーズン8 第9話 アルカポネの椅子 Cockroaches (2007) (TVドラマ)
  • CSI:科学捜査班 シーズン9 第18話 オグンのいけにえ Mascara (2009) (TVドラマ)

脚注[編集]

  1. ^ Friedkin, William. The Friedkin Connection: A Memoir. New York: HarperCollins, 2013.
  2. ^ 『L.A.大捜査線/狼たちの街』は、『マイアミ・バイス』の「コンセプトの盗用」であるとしてマイケル・マンに訴訟を起こされたが、マンが敗訴した。

外部リンク[編集]