ウィリアム・コーエン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ウィリアム・コーエン
William Cohen
William Cohen, official portrait.jpg
1997年のポートレート
生年月日 (1940-08-28) 1940年8月28日(80歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 メイン州バンゴー
出身校 ボウディン大学
ボストン大学
所属政党 共和党
称号 文学士(ボウディン大学)
法学士(ボストン大学
旭日大綬章
配偶者 ジャネット・ラングハート

在任期間 1997年1月24日 - 2001年1月20日
大統領 ビル・クリントン

Flag of the United States Senate.svg アメリカ合衆国上院
高齢化問題特別委員会委員長
在任期間 1995年1月4日 - 1997年1月3日
上院議長 アル・ゴア

Flag of the United States Senate.svg アメリカ合衆国上院
インディアン委員会委員長
在任期間 1981年1月5日 - 1983年1月3日
上院議長 ジョージ・H・W・ブッシュ

選挙区 メイン州の旗 メイン州
在任期間 1979年1月3日 - 1997年1月3日

選挙区 メイン州の旗 メイン州第2区
在任期間 1973年1月3日 - 1979年1月3日
テンプレートを表示

ウィリアム・セバスチャン・コーエン英語: William Sebastian Cohen1940年8月28日 - )は、アメリカ合衆国政治家共和党員だが、ビル・クリントン政権で第20代アメリカ合衆国国防長官を務めた。ユニテリアン主義[1]である。

経歴[編集]

生い立ち[編集]

1940年8月28日にメイン州バンゴーで、ロシア系ユダヤ教徒の父とアイルランド系プロテスタントの母との間に誕生する。高校と大学時代にはバスケットボール選手として活躍しメイン州のオールチームにボウディン大学時代の活躍によりニューイングランドのスポーツ殿堂に選ばれている。これにより2001年にセオドア・ルーズベルト賞NCAAから受賞した。大学卒業後はボストン大学ロースクールに入学し1965年に卒業した。

連邦議員[編集]

若き日のコーエン

1972年のアメリカ合衆国下院議員選挙で連邦上院議員選挙に鞍替えしたウィリアム・ハサウェイ(民主党)が選出されていたメイン州第2選挙区から出馬し初当選した。1期目は司法委員会に所属しウォーターゲート事件の調査に関わった。この時彼は共和党を離党しリチャード・ニクソン大統領の弾劾に加わった1人となった。このとき雑誌のタイムは彼を「将来のアメリカのリーダー200人」の1人と取り上げた。下院議員を3期務めた後、1978年の中間選挙連邦上院議員選挙に出馬し、再選を目指したハサウェイを破り初当選した。その後1984年と1990年の選挙でも当選し上院議員を通算3期務めた。1996年の選挙には出馬せず彼の下で働いたスーザン・コリンズ(現在の上院議員)に選挙区を譲った。(もう1人のメイン州選出上院議員オリンピア・スノーも彼の下で働いたことがある。)

上院では軍事委員会や国家安全保障及び行政委員会(1979年から1997年)、インテリジェンス委員会(1983年から1991年・1995年から1997年)に所属、インディアン問題委員長(1981年から1983年)・高齢化に関する特別委員会委員長(1995年から1997年)を歴任した。

国防長官[編集]

ビル・クリントン大統領と(1997年9月18日)

上院議員引退後の1997年1月24日から2001年1月20日までは第20代アメリカ合衆国国防長官を務めた[2]。1998年にアルカーイダによりタンザニアのダルエスラサームとケニアナイロビアメリカ大使館爆破事件が起きた数ヵ月後にイラクでのデザート・フォックス作戦英語版の実施、ユーゴスラビアに対するアライド・フォース作戦の決定に関与した。2000年に欧州連合軍最高司令部最高司令官のウェズリー・クラーク英語版の解任を行っている。

4年ごとの国防計画見直しでは冷戦終結によりF-22ラプターF-18ホーネットなど戦闘機の購入費用を削減し、アメリカ陸軍を15,000人・アメリカ空軍を26,900人・アメリカ海軍を18,000人・アメリカ海兵隊を1,500人人の合計61,700人を削減をする決定を下した。また主に州兵からなる54,000人や民間部門80,000人の削減も決定した。

またアメリカ軍内にあるレズビアンゲイの治療・人種差別セクシャルハラスメント問題にも取り組んだ。

その後[編集]

現在はロビイスト会社である「コーエン・グループ」を経営し、国防関係企業を顧客としている。国防長官から裕福なロビイストへの転進ぶりがワシントン・ポストで取り上げられたこともある。また、社団法人日米平和・文化交流協会の理事も務める。

2018年秋の叙勲で旭日大綬章を受章。

私生活[編集]

コーエンとジャネット・ランハート

1987年に最初の妻と離婚したが、1996年2月14日にアフリカ系アメリカ人のテレビジャーナリストであるジャネット・ランハートと結婚した。

2009年6月11日に夫妻でホロコースト博物館を訪れていたところ、白人至上主義者の88歳の男が銃を発砲する事件に出くわしたが怪我は負わなかった。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ Cohen new Pentagon chief”. Pqasb.pqarchiver.com (1997年1月26日). 2009年6月11日閲覧。
  2. ^ コーエンは共和党議員であり、クリントンは民主党政権であった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • United States Congress. "ウィリアム・コーエン (id: C000598)". Biographical Directory of the United States Congress (英語).
  • William S. Cohen, 20th Secretary of Defense(英語) - アメリカ合衆国国防総省
  • Thursday October 2009 Audio interview about government terrorism, individual liberty and foreign war policies. University of Illinois in-depth radio progrsms on Focus 580
  • Computer Chaos: Billions Wasted Buying Federal Computer Systems. Investigative report of Senator William S. Cohen.
  • William Cohen to Co-Chair Genocide Prevention Task Force
  • Biography from the William S. Cohen Archive, University of Maine Fogler Library
  • Voting record maintained by the Washington Post
  • Genocide Deniers Set Course for Genocide Prevention

その他のリンク[編集]

先代:
ウィリアム・J・ペリー
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国国防長官
第20代:1997年1月24日 - 2001年1月20日
次代:
ドナルド・ラムズフェルド