ウィリアム・キャヴェンディッシュ=ベンティンク (第3代ポートランド公爵)

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第3代ポートランド公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュ=ベンティンク
William Cavendish-Bentinck, 3rd Duke of Portland
3rd Duke of Portland 1804.jpg
3代ポートランド公(ベンジャミン・ウエスト画、1804年)
生年月日 1738年4月14日
出生地 グレートブリテン王国の旗 グレートブリテン王国ノッティンガムシャー
没年月日 1809年10月30日 (満71歳没)
死没地 イギリスの旗 イギリスバッキンガムシャー州、ブルストロード・パーク
出身校 オックスフォード大学クライスト・チャーチ
所属政党 ホイッグ党のちトーリー党
称号 ガーター勲章勲爵士(KG)[1]
枢密顧問官(PC)[2]
王立協会フェロー(FRS)[3]
サイン William Cavendish-Bentinck, 3rd Duke of Portland Signature.svg

在任期間 1783年4月2日 - 1783年12月19日

在任期間 1794年7月11日[4] - 1801年7月30日

在任期間 1801年7月30日[5] - 1805年1月14日

在任期間 1805年 - 1806年

在任期間 1807年3月31日 - 1809年10月4日
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第3代ポートランド公爵ウィリアム・ヘンリー・キャヴェンディッシュ=ベンティンク: William Henry Cavendish-Bentinck, 3rd Duke of Portland, 1738年4月14日 - 1809年10月30日)は、イギリスの貴族、政治家。ガーター勲章勲爵士(KG)、枢密顧問官(PC)、王立協会フェロー(FRS)。1783年の8ヶ月間と1807年から1809年にかけての2年半の二度イギリスの首相を務めた。

出生からポートランド公爵を相続する1762年までは「ティッチフィールド侯爵」の儀礼称号で称された。

経歴[編集]

第2代ポートランド公爵ウィリアム・ベンティンク英語版と、マーガレット・ハーレー英語版(第2代オックスフォード=モーティマー伯爵エドワード・ハーレー英語版の一人娘)の長男として、ノッティンガムシャーで誕生した。母と母方の祖母ヘンリエッタ・キャヴェンディッシュ=ホールズ英語版(初代ニューカッスル公爵ジョン・ホールズ英語版の一人娘)の2人から、多くの領地を継承した[6][7]

パブリックスクールウェストミンスター・スクールで学び、オックスフォード大学クライスト・チャーチから修士号を取得[8]1761年ハートフォードシャーウェオブリー英語版選挙区選出の庶民院議員となり、翌1762年襲爵により貴族院に移る[9][8]

第2代ロッキンガム侯爵チャールズ・ワトソン=ウェントワース第1次内閣英語版宮内長官Lord Chamberlain; 王室侍従長)、第2次内閣英語版アイルランド総督(Lord Lieutenant of Irelandに任じられた[10]

アメリカ独立戦争による政治の混乱の中、1783年にチャールズ・ジェイムズ・フォックスとノース卿フレデリック・ノースの連立政権(第1次ポートランド内閣/フォックス・ノース連立内閣; Fox-North Coalition)で短期間、名目上の第一大蔵卿(首相)をつとめたが[11]、すぐにウィリアム・ピット (小ピット)に首相の座を譲らされた。小ピットは1801年まで18年にわたる長期政権英語版を築き、1804年第2次内閣英語版を組織するが1806年に在職のまま死亡、ウィリアム・グレンヴィルが短期政権を担った後、1807年に再度首相となった[12]

ナポレオン戦争でのイギリスの孤立状態は続いていたが、半島戦争の始まりで戦いは好転してきた。しかし1809年には、ポートランド自身の健康の悪化と外務大臣ジョージ・カニング陸軍・植民地大臣のカースルレー子爵ロバート・ステュアートの間の決闘というスキャンダルのため辞職に追い込まれた。その後まもなく死去。

家族[編集]

第4代デヴォンシャー公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュの娘であるレディ・ドロシー・キャヴェンディッシュと1766年11月8日に結婚した[8]

出典[編集]

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  1. ^ The London Gazette: no. 16015. p. 409. 1807年3月31日2012年4月1日閲覧。
  2. ^ The London Gazette: no. 10538. p. 1. 1765年7月9日2012年4月1日閲覧。
  3. ^ Bentinck; William Henry Cavendish (1738 - 1809); 3rd Duke of Portland” (英語). Past Fellows. The Royal Society. 2012年4月1日閲覧。
  4. ^ The London Gazette: no. 13682. p. 696. 1794年7月8日2012年4月1日閲覧。
  5. ^ The London Gazette: no. 15391. p. 929. 1801年7月28日2012年4月1日閲覧。
  6. ^ Settlements, mortgages, litigation, Acts of Parliament etc. relating to the 'maternal' estates of the Dukes of Portland; 1583-1790” (英語). Manuscripts Online Catalogue. ノッティンガム大学. 2011年1月22日閲覧。
  7. ^ Series of manorial papers in the Newcastle (Clumber) Collection (1st Deposit); 1357-1867” (英語). Manuscripts Online Catalogue. ノッティンガム大学. 2011年1月22日閲覧。
  8. ^ a b c Lundy, Darryl. “William Henry Cavendish-Bentinck, 3rd Duke of Portland” (英語). thepeerage.com. 2011年1月22日閲覧。
  9. ^ Rayment, Leigh. “The House of Commons Constituencies Beginning With "W"” (英語). Leigh Rayment's Peerage Page. 2011年1月22日閲覧。
  10. ^ The London Gazette: no. 12286. p. 1. 1782年4月9日2012年4月1日閲覧。
  11. ^ The London Gazette: no. 12428. p. 1. 1783年4月1日2012年4月1日閲覧。
  12. ^ The London Gazette: no. 16015. p. 409. 1807年3月31日2012年4月1日閲覧。

外部リンク[編集]

先代:
初代ゴア伯爵
宮内長官
1765年 - 1766年
次代:
初代ハートフォード伯爵
先代:
第5代カーライル伯爵
アイルランド総督
1782年
次代:
初代テンプル伯爵
先代:
第2代シェルバーン伯爵
イギリスの首相
1783年
次代:
小ピット
先代:
第2代シェルバーン伯爵
貴族院院内総務
1783年
次代:
初代シドニー男爵
先代:
ヘンリー・ダンダス
内務大臣
1794年 - 1801年
次代:
ペラム卿
先代:
第2代チャタム伯爵
枢密院議長
1801年 - 1805年
次代:
初代シドマス子爵
先代:
初代グレンヴィル男爵
イギリスの首相
1807年 - 1809年
次代:
スペンサー・パーシヴァル
先代:
ウィリアム・ベンティンク
ポートランド公爵
第3代: 1762年 - 1809年
次代:
ウィリアム・キャヴェンディッシュ=スコット=ベンティンク