イーゴリ・イワノフ

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イーゴリ・イワノフ
Игорь Сергеевич Иванов
Igor Ivanov.jpg
イーゴリ・イワノフ
生年月日 (1945-09-23) 1945年9月23日(74歳)
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of the Russian Soviet Federative Socialist Republic (1937–1954).svg ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国 モスクワ
出身校 モスクワ外国語大学
前職 外交官
駐スペイン大使
外務次官
第一外務次官
子女 娘1人

ロシアの旗 ロシア連邦
3代目外相
在任期間 1998年9月11日 - 2004年3月
大統領 ボリス・エリツィン
ウラジーミル・プーチン

在任期間 2004年3月9日 - 2007年7月18日
大統領 ウラジーミル・プーチン
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イーゴリ・セルゲーエヴィチ・イワノフロシア語: Игорь Сергеевич Иванов、ラテン文字転写の例:Igor Sergeevich Ivanov1945年9月23日から)はソビエト連邦及びロシア連邦の政治家・外交官である。ウラジーミル・プーチン政権1期目で3代目ロシア連邦外相、11代目ロシア連邦安全保障会議書記を歴任した。

経歴[編集]

  • 1945年9月23日
    モスクワに生まれる。
  • 1969年
    モスクワ外国語国立大学を卒業した。
  • 1973年
    ソ連科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO)研究員として勤務する。
  • 1973年
    ソビエト連邦外務省に入省し、第1欧州課二等書記官・駐マドリードソ連通商代表部先任技官・1977年に駐スペイン大使館一等書記官・参事官・公使などを歴任し、主にスペイン関係の部署で活躍した。
  • 1983年
    ソビエト連邦外務省本省に戻り、第1欧州課専門官となる。その後外相顧問・外相補佐官・官房長・総書記局次長・第1次長・局長・参事など本省の要職を歴任した。
  • 1991年
    スペイン大使に転じ、この間にソ連崩壊を迎えるが、引き続きロシア連邦のスペイン大使となった。
  • 1994年9月
    ロシア外務次官を務める。
  • 1994年11月
    外務第一次官兼外務大臣官房長官となる。
  • 1998年9月
    エフゲニー・プリマコフ外相が首相に就任したことに伴い、外相代行を務める。
  • 1998年9月11日
    正式にロシア連邦外相に任命された。イワノフはロシア連邦外相として前任のプリマコフ同様にロシア連邦の国益を重視した外交路線を取った。ウラジーミル・プーチン大統領の時代でも引き続きロシア連邦外相に留任した。またデイトンでのボスニア調停和平交渉の共同議長でもあった。
  • 2004年3月
    ロシア連邦外相をセルゲイ・ラブロフと交代。ウラジーミル・ルシャイロの後任として、11代目ロシア連邦安全保障会議書記に就任した。
  • 2007年7月18日
    グルジアへの経済制裁・ヨーロッパ通常戦力条約履行停止をめぐり大統領との確執が徐々に進行し、ロシア連邦安全保障会議書記を辞任した[1]

パーソナル[編集]

妻帯で1女を有する。英語スペイン語を話す。外交官としては特命全権大使の等級に当たる。

脚注[編集]

  1. ^ イワノフ書記が辞任 外交路線めぐり対立か」『北海道新聞』(2007年7月20日)


公職
先代:
ウラジーミル・ルシャイロ
ロシアの旗 ロシア連邦安全保障会議書記
2004 - 2007
次代:
ワレンチン・ソボレフ
(書記代行)
先代:
エフゲニー・プリマコフ
ロシアの旗 ロシア連邦外務大臣
第3代:1998 - 2004
次代:
セルゲイ・ラブロフ