イ・ドゥヨン

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イ・ドゥヨン
이두용
生年月日 (1942-12-24) 1942年12月24日(75歳)
国籍 大韓民国の旗 韓国
職業 映画監督
活動期間 1970年[1] -
イ・ドゥヨン
各種表記
ハングル 이두용
漢字 李斗鏞[2]
発音: イ・ドゥヨン
英語表記: Lee Doo-yong[3]
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イ・ドゥヨン(李斗鏞、1942年12月24日 - )は、韓国映画監督[3]

略歴[編集]

1942年、ソウルに生まれ、1960年、ソウル龍山高等学校を卒業。1963年、『霧立ち込めた西帰浦』で演出部で初めて映画界に入門。1965年、『どの女子大学生の告白』を製作、監督したが完成することができない。1970年、『失われたウエディング・ベール』で監督デビュー。1981年、『被膜』でヴェネツィア国際映画祭でISDAP賞受賞。

主な監督作品[編集]

  • 『失われたウエディング・ベール』(1970年): 監督デビュー作
  • 『続・兄』(1971年)
  • 『罪深い女性』(1971年)
  • 『ある夫婦』(1971年)
  • 『夜烏鬼』(1971年)
  • 『お宅のパパもこうですか』(1971年)
  • 『晴天の雷』(1971年)
  • 『逮捕令』(1972年)
  • 『笑って生きてるパクさん』(1972年)
  • 『どこへ行くべきか』(1972年)
  • 『惜しみなく捧げん』(1972年)
  • 『行かないで』(1972年)
  • 『紅衣将軍』(1973年): 第12回大鐘賞最優秀作品賞
  • 『屍の橋』(1974年)
  • 『小さな鳥』(1974年)
  • 『龍虎大領』(1974年)
  • 『憤怒の左足』(1974年)
  • 『背信者』(1974年)
  • 『帰ってきた一本脚の男』(1974年)
  • 『続・帰ってきた一本脚の男』(1974年)
  • 『武装解除』(1975年)
  • 『黒夜』(1975年)
  • 『死を覚悟した決断』(1975年)
  • 『ビョンテの感激時代』(1975年)
  • 秘録ブルース・リー物語(アメリカ訪問客)』(1976年)
  • 『続・秘密客』(1976年)
  • 『ニューヨーク44番街』(1976年)
  • 『草墳』(1977年)
  • 『警察官』(1978年): 第17回大鐘賞最優秀作品賞
  • 『お兄ちゃんがいる』(1978年)
  • 『生死の告白』(1978年)
  • 『地獄の49日』(1979年)
  • 『先輩』(1979年)
  • 『河廻の村』(1979年)
  • 『避幕』(1980年): 第17回百想芸術大賞監督賞
  • 『最後の証人』(1980年): 英語題:The Last Witness
  • 『鬼火山荘』(1980年)
  • 『傘の中の三人の女』(1980年)
  • 『双雄』(1980年)
  • 『解決士』(1981年)
  • 『欲望の沼』(1982年)
  • おかしな関係』(1983年)
  • 糸をつむぐ女』(1983年): 第22回大鐘賞一般部門作品賞・監督賞
  • 『昼と夜』(1984年)
  • 『長男』(1984年)
  • 桑の葉』(1985年): 第6回韓国映画評論家賞作品賞、第22回百想芸術大賞監督賞
  • 『トライ』(1985年)
  • 『内侍』(1986年)
  • 『トライ 2』(1986年)
  • 『高速道路』(1987年)
  • 『業』(1988年)
  • 新・桑の葉』(1988年)
  • 『沈黙の暗殺者』(1989年)
  • 『青松へ行く道』(1990年): 第10回韓国映画評論家賞作品賞、第26回百想芸術大賞監督賞
  • 『黒い雪』(1990年)
  • 桑の葉3』(1990年)
  • 『恋愛はプロ,結婚はアマチュア』(1994年)
  • 『偉大なハンターGJ』(1995年)
  • 『愛』(1999年)
  • 『アリラン』(2003年)

脚注[編集]

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  1. ^ 인물정보(人物情報) NAVER(韓国語) 2011年8月21日閲覧。
  2. ^ 이두용 (イ・ドゥヨン) chosun.com 조선 DB (朝鮮 DB)(韓国語) 2011年8月28日閲覧。
  3. ^ a b 이두용 (イ・ドゥヨン) KMDb 2011年8月21日閲覧。

外部リンク[編集]