イヴィッツァ・バルバリッチ

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イヴィッツァ・バルバリッチ Football pictogram.svg
名前
ラテン文字 Ivica Barbarić
基本情報
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
生年月日 1962年2月23日(52歳)
出身地 メトコヴィチ
身長 186cm
体重 81kg
選手情報
ポジション DF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1981-1989
1989-1992
1992-1993
1993-1995
1995-1997
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 FKヴェレジュ・モスタル
スペインの旗 レアル・ブルゴスCF
スペインの旗 ラシン・サンタンデール
スペインの旗 CDバダホス
スペインの旗 アルメリアCF
130 (3)
86 (2)
25 (0)
30 (1)
7 (0)
代表歴
1988 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア 1 (0)
監督歴
1997-1998
2001-2003
2004-2009
2009
2009-2012
スペインの旗 アルメリアCF (コーチ)
ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 HŠKズリニスキ・モスタル
ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 NKシロキ・ブリイェグ
 ボスニア代表 (コーチ)
日本の旗 愛媛FC
1. 国内リーグ戦に限る。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

イヴィッツァ・バルバリッチ(Ivica Barbarić、1962年2月23日 - )は、ユーゴスラビア(現・クロアチア)のメトコヴィチ出身のサッカー選手、指導者である。

来歴[編集]

ボスニア・ヘルツェゴビナ国境に接するクロアチア南部のメトコヴィチに生まれる。1981年から1989年まで、ユーゴスラビア連邦リーグ時代のFKヴェレジュ・モスタル(現在はボスニア・ヘルツェゴビナ)でプレーし、152試合に出場[1]1986年にはユーゴスラビアカップに優勝した[1]

ユーゴスラビア代表としては1988年8月のスイス戦に45分間出場し、国際Aマッチ1キャップを記録[2]。同年にはA代表の監督を兼務するイビチャ・オシム率いるオリンピック代表にストイコビッチシュケルといった選手たちと共に選ばれ、DFながら背番号9をつけてソウルオリンピックでグループステージ3試合すべてに出場した[3]1989年からはスペインのクラブを渡り歩き、1997年アルメリアCF[4]で引退した。

引退後はアルメリアのコーチとして指導者としての第一歩を踏み出す。2004年から監督を務めたボスニア・ヘルツェゴビナのNKシロキ・ブリイェグでは、リーグ優勝1回(2005-06)、カップ準優勝2回(2004-05、2005-06)の好成績を残す。2009年にはボスニア・ヘルツェゴビナ代表のコーチも担当した。

2009年9月、日本のJ2愛媛FCの監督に就任した[5]。2012年限りで退任。

脚注[編集]

  1. ^ a b Ivica Barbarić” ((セルビア語)). Fudbalska reprezentacija Srbije ::: FSS. 2009年9月16日閲覧。vica
  2. ^ Yugoslavia - Internationals 1988-1989”. RSSSF (1998年7月14日). 2009年9月16日閲覧。
  3. ^ Ivica BARBARIC”. FIFA.com. 2009年9月16日閲覧。
  4. ^ チームメートにはランコ・ポポヴィッチがいた。
  5. ^ イヴィッツァ・バルバリッチ氏 愛媛FC監督就任決定のお知らせ”. J's GOAL (2009年9月15日). 2009年9月16日閲覧。

外部リンク[編集]