イヴァン・ペリシッチ

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イヴァン・ペリシッチ Football pictogram.svg
Ivan Perišić.jpg
クロアチア代表でのペリシッチ (2018年)
名前
ラテン文字 Ivan Perišić
基本情報
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
生年月日 (1989-02-02) 1989年2月2日(31歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア スプリト
身長 186cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン
ポジション MF (LMF)/ FW(LWG)
背番号 14
利き足 両利き(主に左右)
ユース
2000-2006 クロアチアの旗 ハイドゥク・スプリト
2006-2007 フランスの旗 ソショー
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2009 フランスの旗 ソショーB 36 (8)
2009 ベルギーの旗 ルーセラーレ (loan) 18 (5)
2009-2011 ベルギーの旗 クラブ・ブルッヘ 70 (31)
2011-2013 ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント 42 (9)
2013-2015 ドイツの旗 ヴォルフスブルク 70 (18)
2015- イタリアの旗 インテル 141 (37)
2019- ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン (loan) 22 (4)
代表歴2
2005-2006 クロアチアの旗 クロアチア U-17 7 (0)
2006 クロアチアの旗 クロアチア U-18 1 (0)
2009-2010 クロアチアの旗 クロアチア U-21 8 (3)
2011- クロアチアの旗 クロアチア 88 (26)
1. 国内リーグ戦に限る。2020年6月27日現在。
2. 2019年11月19日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

イヴァン・ペリシッチIvan Perišić1989年2月2日 - )は、クロアチアスプリト出身のサッカー選手ブンデスリーガバイエルン・ミュンヘン所属。ポジションはMFFWクロアチア代表

経歴[編集]

2005年HNKハイデュク・スプリトのユースチームに入団。2007年フランスFCソショーに移籍し、2009年ベルギーKSVルーセラーレにレンタル移籍。2009年8月26日クラブ・ブルッヘに3年契約で完全移籍を果たした[1]。2010-11シーズンには22得点をマークし得点王となり、ベルギー年間最優秀選手賞を受賞した[2]

2011年5月22日ドイツボルシア・ドルトムントと5年契約を交わした[3]8月5日ハンブルガーSV戦でデビューを果たし、9月24日マインツ戦で初得点を記録。2012年4月22日ボルシアMG戦では前半23分にゴールを挙げ、これが決勝点となりブンデスリーガ優勝を果たした[4]。しかし翌2012-13シーズンには出場機会が減少したためユルゲン・クロップ監督と衝突し、クロップを批判した[5]

ヴォルフスブルク[編集]

2014年のペリシッチ

2013年1月6日ドイツVfLヴォルフスブルクへ完全移籍した[6]。契約は2017年のシーズン終了まで。移籍金は約750万ユーロ。1月19日シュツットガルト戦にてヴォルフスブルクデビュー。同シーズンはチーム内でイヴィツァ・オリッチに次ぐ10得点を挙げた。

2014-15シーズンのDFBポカールでは決勝で古巣のボルシア・ドルトムントを破りクラブに初優勝をもたらした。

インテル[編集]

2015年8月30日イタリアインテルナツィオナーレ・ミラノと2020年6月30日までの5年契約を交わし完全移籍[7]9月13日に行われたACミランとのミラノダービーで移籍後初出場を果たした。2016年9月のイタリアダービーでは交代出場から決勝ゴールを決め、約4年ぶりとなるユベントス撃破を助けた。2017年12月第15節キエーボ戦でキャリア初のハットトリックを達成[8]。その後は主力として左サイドを主戦場とした。

バイエルン・ミュンヘン[編集]

2019-20シーズンは新しく監督に就任したアントニオ・コンテに構想外とされたため[9]ASモナコアーセナルFCから興味を示されたが、2019年8月13日、FCバイエルン・ミュンヘンに買取オプション付きのレンタルで移籍した[10]。8月31日のマインツ戦で移籍後初ゴールを決めた[11]DFBポカール決勝のレバークーゼン戦でレヴァンドフスキのゴールをアシストして優勝[12]、リーグ優勝と2冠を獲得した。

代表[編集]

クロアチア代表として各年代で代表招集を受けており、UEFA U-21欧州選手権2011にも出場した。

2011年1月26日に初めてフル代表に選出され、同年3月26日EURO2012予選ジョージア戦で代表デビュー[3]EURO 2012のメンバーにも選出され、クロアチアの全3試合に出場した。2012年9月11日2014W杯欧州予選ベルギー戦で代表初得点を挙げた。

2014年FIFAワールドカップブラジル大会では一次リーグ全3試合に出場、第2戦カメルーン戦、第3戦メキシコ戦でゴールを決めたが決勝トーナメント進出はならなかった。

EURO2016予選では9試合で6得点を挙げ攻撃陣を牽引。本大会のグループリーグではチェコ戦とスペイン戦で得点を奪ったが、準々決勝でポルトガルに敗れた。

2018 FIFAワールドカップロシア大会、一次リーグ第3戦アイスランド戦では決勝ゴールを決め、準決勝のイングランド戦では1-0とリードされる中、同点ゴールを決めただけでなく、延長戦後半にはマンジュキッチのゴールをアシストし、MOMに選ばれるなど、クロアチア史上初のワールドカップ決勝進出に貢献。[13] 決勝のフランス戦では28分に同点ゴールを決めたが、35分のコーナーキックの際、自らの一連のプレーからVARの判定の結果、ハンドを取られフランスにPKを与えてしまい、自らのゴールを帳消しにしてしまう形となってしまった。最終的に2-4で敗れ、クロアチア史上初のワールドカップ制覇はならなかった。[13]

個人成績[編集]

2020年7月4日現在
クラブ シーズン リーグ カップ 国際大会 その他 通算
ディビジョン 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ルーセラーレ (loan) 2008-09 ジュピラー・プロ・リーグ 18 5 2 3 0 0 20 8
クラブ・ブルッヘ 2009-10 ジュピラー・プロ・リーグ 33 9 2 0 8 4 43 13
2010-11 ジュピラー・プロ・リーグ 37 22 1 0 8 0 46 22
通算 70 31 3 0 16 4 89 35
ボルシア・ドルトムント 2011-12 ブンデスリーガ 28 7 6 1 6 1 1 0 41 9
2012-13 ブンデスリーガ 14 2 3 1 5 0 1 0 23 3
通算 42 9 9 2 11 1 2 0 64 12
ヴォルフスブルク 2012-13 ブンデスリーガ 11 2 0 0 11 2
2013-14 ブンデスリーガ 33 10 5 1 38 11
2014-15 ブンデスリーガ 24 5 2 1 9 1 35 7
2015-16 ブンデスリーガ 2 1 1 0 1 0 4 1
通算 70 18 8 2 9 1 1 0 88 21
インテル 2015-16 セリエA 34 7 3 2 37 9
2016-17 セリエA 36 11 1 0 5 0 42 11
2017-18 セリエA 37 11 2 0 39 11
2018-19 セリエA 34 8 1 0 10 1 45 9
通算 141 37 7 2 15 1 163 40
バイエルン・ミュンヘン (loan) 2019-20 ブンデスリーガ 22 4 3 1 6 1 31 6
総通算 363 104 31 10 57 8 3 0 455 122

試合数[編集]

2019年11月19日現在

国際Aマッチ 88試合 26得点(2011年-)


クロアチア代表国際Aマッチ
出場得点
2011 7 0
2012 11 1
2013 8 0
2014 9 7
2015 8 3
2016 12 5
2017 8 1
2018 15 5
2019 10 4
通算 88 26

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ボルシア・ドルトムント
VfLヴォルフスブルク
バイエルン・ミュンヘン

個人[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]