インラック・シナワトラ

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タイ王国の旗 タイの政治家
インラック・シナワトラ
ยิ่งลักษณ์ ชินวัตร
Yingluck Shinawatra at US Embassy, Bangkok, July 2011.jpg
2011年のアメリカ独立記念日にアメリカ大使館で
生年月日 (1967-06-21) 1967年6月21日(50歳)
出生地 タイ王国の旗 タイ サンカムペーン
出身校 チエンマイ大学
ケンタッキー州立大学
所属政党 タイ貢献党
配偶者 アヌソーン・アモーンチャット(事実婚
親族 タクシン・チナワット(兄)
スパセーク(長男)
サイン Yingluck Shinawatra's Hand.jpg

タイ王国の旗 第36代首相
在任期間 2011年8月8日 - 2014年5月7日
国王 ラーマ9世
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インラック・シナワトラタイ語: ยิ่งลักษณ์ ชินวัตร, ラテン文字転写: Yingluck Shinawatra1967年6月21日 - )は、タイ王国政治家。第36代首相。タイ史上初の女性の首相でもある。本名:丘 英樂日本ではインラック・チナワットまたはインラック・シナワット[1]と呼称・表記されることもある。客家系華人であり中国名は丘英楽。

経歴[編集]

1967年6月21日チナワット家当主で元下院議員のルート・チナワットの娘として、サンカムペーンで出生[2]

チェンマイ大学政治学部卒業後、アメリカに留学し教育を受け、ケンタッキー州立大学にて行政学修士を取得した。帰国後にチナワット一族同族企業のチナワット・ダイレクトリー社に入社。その後、アドバンスト・インフォ・サービスの社長やマンチェスター・シティFCの専務取締役などを務めた。

名門のチナワット家の出身であり、経営者としての経験をかわれ、2011年7月3日に施行されたタイ王国国民議会人民代表院総選挙にて、タイ貢献党首相候補として選挙戦を戦った。タイ貢献党は、選挙前より79議席も増やして500議席中265議席を獲得、過半数を制して勝利し、他の5つの党との連立で300議席という安定政権を作ることにも成功した。8月5日に下院で第36代タイ王国首相に選出され、8日に正式就任した[3][4]

2014年5月7日タイ憲法裁判所が政権下で行われた国家安全保障会議事務局長の人事問題について、インラック及び関係する閣僚が憲法に違反して不当介入したと認定した。この不当介入は縁者の登用であった[5]。これによりインラック首相は失職した[6]

憲法裁判所が下院総選挙無効の判決を下したことで政治混乱が収まらないタイで軍事クーデターが起き、5月22日から5月25日まで軍によって身柄拘束された。2015年1月23日、首相在任中にコメ買い上げ制度をめぐり国に多額の損失を与えたとして暫定議会で弾劾を可決され、公民権が5年間停止された。

人物[編集]

9人兄妹の末っ子であり、兄はタイの第31代首相であるタクシン・チナワットで、義兄のソムチャーイ・ウォンサワットが第34代首相という政治一家に育つ。

趣味は、水泳音楽鑑賞

タイ初の女性首相として積極的に内政に携わり、国民融和や貧困対策を推進し、国家の安定に貢献している。また、2011年タイ大洪水の際には、洪水対策の陣頭指揮に当たり、バンコク中心部の浸水防止を担った。

2011年の就任時は、「タクシン元首相の操り人形」と皮肉られ、直後の洪水危機への対応では、後手に回ったとの批判も浴びた。しかし、経済の好調もあり、支持率は高い水準を維持。政権運営にも慣れ、女性らしいソフトさと、安定した手腕で評価を高めつつある。女性の社会進出が進むタイで「女性が収入を得ることは、国の経済と家計に重要な意味があり、男性にも良い影響を与える」と自負し、1男の面倒を見ながら激務をこなした[7]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]

公職
先代:
アピシット・ウェーチャチーワ
タイ王国の旗 タイ王国首相
第36代:2011年 - 2014年
次代:
ニワットタムロン・ブンソンパイサン
(首相代行)