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インド共産党

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
インドの旗 インド政党
インド共産党
Communist Party of India
党旗
成立年月日 1925年12月[1]
本部所在地 Ajoy Bhavan, 15, Indrajit Gupta Marg, New Delhi-110002[2]
下院議席数
2 / 543(0.4%)
(2024年6月22日)
上院議席数
2 / 245(0.8%)
(2026年3月20日 [3]
党員・党友数
増加 650,000人(2022)[4][5]
政治的思想・立場

左翼[6][7]
マルクス・レーニン主義[8]

共産主義[1][9]
社会主義[9]
世俗主義[9]
公式カラー    [1]
公式サイト Home CPI Official
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インド共産党(インドきょうさんとう、英語: Communist Party of India[9]、略称:CPI[10])は、インドの政党[11][12]1925年12月25日に結成された。1964年、党内の左派がインド共産党マルクス主義派(インド左派共産党)として離脱した。これ以降、区別のため便宜的にインド右派共産党とも呼ばれる。

党名

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党名は原語に忠実に訳せばインド共産党となるが、日本語ではこれに右派が付されることがある。これは旧インド共産党が、1964年のインド共産党分裂英語版右派左派に分裂し、左派がインド共産党マルクス主義派(インド左派共産党)となったことで、旧インド共産党と、両党を区別する必要が出たからであり、右派・左派を付する名称はインド国内では成されない。この場合インド右派共産党はインド共産党(CPI)、インド左派共産党はインド共産党マルクス主義派(CPI-M)という名称になるが、日本語ではCPI-Mの党名が長くなることで、右派・左派を用いて区別するケースがある。しかしこの名称はあくまでも便宜上のものである。なお、この分裂は中ソ対立の延長として右派は親ソビエト連邦、左派は親中華人民共和国と一般的に解釈されることが多いが[13]、これは対立を単純化しすぎているという批判もある[14]

歴史

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インド共産党は、コミンテルン第2回大会英語版にインド代表として出席したM・N・ローイ英語版を中心に亡命中だった革命家らがソビエト連邦タシュケントにおいて結成された[10][15]。ローイは最初の党指導者である[12]。初期のインド共産党は武装闘争の路線をゆく[11] 武闘派で反帝国主義愛国主義国際主義を掲げた[12]

党大会でのダンゲ(1958年)

その後、マハーラーシュトラ州の創立に重要な役割したことで知られるシュリパド・アムリト・ダンゲ英語版が事実上のリーダーとなり、第一回党大会を開いたボンベイを拠点とする。

1930年代後半にインド国民会議(ヒンドゥー系)と協力し、勢力を拡大した。1942年6月の独ソ開戦を「人民の戦争」と規定し、イギリスの戦争を支持したことで同年7月にイギリスから合法政党の地位を与えられることになった。一方、インド国民会議はイギリスから弾圧を受けることになった。しかし、このことが後にインド国民会議から「民族の裏切り者」という批判を受けることになり、戦後の独立交渉時に政治的発言力を奪われることとなった[16]

インド共産党は最盛期はインド国民会議に次いで大きい政党であり、1957年には世界的にも珍しい普通選挙を通じた共産党政権(インド初の非会議派州政権)がケーララ州で発足してE・M・S・ナンブーディリパド英語版が初代州首相に就任した。1970年代インディラ・ガンディー政権と協力してケーララ州ではC・アチュタ・メノン英語版を首相に選出して会議派との連立政権を樹立し、メノンはK. N. ラージ英語版とともにインド経済の理想的なモデルとしてケーララ・モデル英語版を確立した[17][18]。しかし、インド共産党マルクス主義派との分裂などを経て、1980年代から衰退することとなった。

インド国民会議を中心とする統一進歩同盟に、インド共産党マルクス主義派とともに左翼戦線として閣外協力していたが、2008年7月米印原子力協力に反対して閣外協力を解消した。

脚注

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  1. 1 2 3 Communist Party of India (Marxist) (CPI(M)) - Party History, Symbol, Founders, Election Results and News (英語). elections.in. 2019年10月3日閲覧。
  2. CPI Contact (英語). 公式ウェブサイト. インド共産党. 2019年10月3日閲覧。
  3. Members Party Position ラージヤ・サバ―公式サイト. 2020年5月31日閲覧。
  4. സിപിഐ തളർച്ചയിൽ; താങ്ങ് കേരളം, തമിഴ്നാട്; ബംഗാളിലും ത്രിപുരയിലും പടുകുഴിയിൽ”. 2022年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月25日閲覧。
  5. Cpi continue to congress alliance (2022年7月17日). 2022年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月25日閲覧。
  6. Manipur: CPI State Secretary, Blogger Arrested over CAA Protests”. The Wire. 2019年12月24日閲覧。
  7. India's election results were more than a 'Modi wave'”. Washington Post. 2019年5月31日閲覧。
  8. Anil Kumar Mishra/ Sudhir Kumar Mishra (19 January 2021). Dictionary of Social Sciences. Prabhat Prakashan. pp. 32–. ISBN 9789351867661. オリジナルの12 May 2023時点におけるアーカイブ。 2023年4月24日閲覧。
  9. 1 2 3 4 Constitution of CPI (英語). 公式ウェブサイト. インド共産党. 2019年10月3日閲覧。
  10. 1 2 中村平治. インド共産党 いんどきょうさんとう Communist Party of India”. コトバンク. 日本大百科全書(ニッポニカ). 朝日新聞社小学館. 2019年10月3日閲覧。
  11. 1 2 インド共産党 インドきょうさんとう”. コトバンク. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. 2019年10月3日閲覧。
  12. 1 2 3 Bibhu Prasad Routray. Communist Party of India political party, India (英語). britannica.com. ブリタニカ百科事典. Encyclopædia Britannica, Inc.. 2019年10月3日閲覧。
  13. Socialist India. Indian National Congress. All India Congress Committee. 1971. p. 59.
  14. P. Raghunadha Rao (1983). History of Modern Andhra. Sterling Publishers. p. 155.
  15. スルタンザーデ【Solṭānzāde】”. コトバンク. 世界大百科事典 第2版. 2019年10月3日閲覧。 “コミンテルン第2回大会(1920)では,インド代表のM.N.ローイとならんで, ...”
  16. 「改訂版 世界の民族地図」p191 高崎通浩著 1997年12月20日初版第1刷発行
  17. Kerala Model & development”. Dawn.com. 2010年4月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年7月17日閲覧。
  18. KN Raj passes away”. Oman Tribune. 2011年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年7月17日閲覧。

外部リンク

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