インディア・ペールエール

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フラーズIPAのボトル

インディア・ペールエール (英語: India Pale Ale; IPAとも) は、中程度かそれよりもやや高いアルコール度数をもつエール[1]。液色はのような明るい琥珀色[1]ホップの風味が強くて苦味がある[1]。しばしば、麦芽のフレーバーを伴う[1]。IPAは通常ペールエールのカテゴリーに入れられる。

歴史[編集]

初期[編集]

IPAは、17世紀にあった初期のペールエールが起源である。元来、「ペールエール」という言葉は淡色麦芽英語版から醸造されたエールを意味していた[2]。18世紀初頭のペールエールはホップの風味が軽いビールであり、後の「ペールエール」とは非常に異なっていた[3]18世紀半ばまで、ペールエールは、コークスで煎られたモルトで製造されていた。麦芽製造過程で大麦があまり燻製されたり焙煎されたりしないために淡色のビールができたのである。[4]ホップの苦み豊かな淡色のオクトーバービールはそのようなビールの一種で、国内で自ら醸造を行う地主階級のあいだで人気だった。これは醸造されたら2年間セラーで貯蔵するように作られていた。[5]

最も早い時期からインドにビールを輸出していたことが知られている醸造者の一人は、ミドルセックスエセックスの境界地域にあるボウ醸造所のジョージ・ホジソンだった。ボウ醸造所のビールは、18世紀の終盤、醸造所の立地と18ヶ月という寛大な支払い猶予期間のおかげで人気を得た。東インド商人たちは、いくつものホジソンのビールをインドに輸送した。オクトーバービールもその一つだった。オクトーバービールは、航行の条件がプラスに作用する例外的なビールで、インドの消費者のあいだでも好評だった。[6]19世紀初め、ボウ醸造所はホジソンの息子達が経営者となったが、彼らの仕事のやり方は客離れを引き起こした。同じ頃、バートンのいくつもの醸造所がビールに対する新しい関税のためにロシア市場を失い、新たなビール輸出市場を探しているところだった。東インド会社の強い要請のもと、オールソップ醸造所は、ホジソンのインド輸出用ビールのスタイルであったホップの苦み豊かなペールエールを開発した。[7]バスやソルトなど、バートンの他の醸造者も失われたロシア市場の代わりを強く求めており、素早くオールソップに追随した。おそらく醸造でバートンの水を使っていることが利点となって、[8]バートンIPAは商人たちとインドの顧客に好まれた。

1840年頃、イギリスでは「インディア・ペールエール」として知られるようになった輸出用のペールエールに対する需要が増し、インディア・ペールエールはイギリスで人気商品となった。[9]19世紀終盤、「インディア」と冠さなくなった醸造所もあったが、これらの「ペールエール」がそれ以前のIPAの特徴を保持していたことを示唆する記録が残っている。[10]アメリカ、オーストラリア、カナダの醸造者はIPAと称するビールを1900年以前に製造したが、これらのビールが当時のイギリスのIPAと類似していたことを示唆する記録がある。[11]

ホジソンのオクトーバービール様式は明らかにバートンの醸造者達のインディア・ペールエールに影響を及ぼした。ホジソンのビールは、当時醸造されていたほとんどのビールよりもわずかにアルコール度数が高いだけであり、強いエールとは見なされていなかっただろう。しかし、きちんと発酵された麦汁の割合が高いため、糖分がほとんど残っておらず、ホップの苦みが豊かだった。[12]しかし、IPAは当時のビールよりずっと強かったという通説は神話でしかない。[13]さらに、その頃インドに輸送されたポータービールも航行に耐えられたので、「ホジソンは航行に耐えるようにビールを考案したのであり、他のビールは長旅に耐えることができなかった」という通説もおそらく間違いである。[14]明らかにインディア・ペールエールは1860年頃までにはイングランドで広く醸造されており、ポーターや他の多くのエールよりも発酵度が高く、ホップを多く加えられたビールとなっていた。[15]

近年[編集]

イギリス[編集]

イギリスではIPAという名前はアルコール度数の弱いビールに良く使われる。例えば、Greene King IPAやCharles Well IPAなどである。アルコール度数4%以下のIPAは、イギリスでは、少なくとも1920年代から醸造されている。[16]度数の強いアメリカ風のIPAを醸造する醸造所もある。例えば、Meantime Brewery IPA, Dark Star APAやFreeminer Trafalgar IPAなどである。

2002年には、カレドニア醸造所(Caldonian Brewery)のDeuchars IPAがロンドンで開かれた英国ビールフェスティバル(GBBA)でCAMRA Spreme Champion Beerの称号を得た。同年、ホプデモン醸造所(Hopdaemon Brewery)のSkrimshander IPAがケントビールフェスティバルで優勝した。Skrimshanderは、ケントのファッグルとゴールディングで醸造されている。

ワールドワイド[編集]

カナダで人気が高いのは、1820年にハリファックスに設立されたアレキサンダー・キース英語版のIPAである。しかし、これは本当のIPAというよりは現代風に飲みやすくアレンジされたものだ、と言うビア・ジャッジもいる。ハリファックスのPropeller Brewery、Garrison Brewing、Rogue's Roost、Granite Breweryといった小規模な醸造所はもっと伝統的な風味のIPAを生産している。

ニュージランドではオークランド北西のリバーヘッドのHallertau Brewbar and Restaurant、ワイララパ地方英語版のPeak Brewery等がIPAを生産している。

イスラエルではDancing CamelがIPAを生産している。

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d Foster 1999, Chapter 2.
  2. ^ Anonymous (1736). London and Country Brewer. pp. 38-43 
  3. ^ Anonymous (1736). London and Country Brewer. p. 73 
  4. ^ (Foster 1999, p. 13) and (Daniels 1996, p. 154)
  5. ^ Cornell 2008, pp. 97–98.
  6. ^ Cornell 2008, p. 98.
  7. ^ Foster 1999, p. 26; Cornell 2008, p. 102
  8. ^ バートンの水は高濃度の硫酸塩を含んでおり、それがビールの苦みを強調した。Daniels 1996, Foster 1999 and (Cornell 2008) を参照せよ。
  9. ^ Daniels 1996, p. 155; Cornell 2008, p. 104
  10. ^ Foster 1999, p. 65.
  11. ^ Daniels 1996, p. 157-58; Cornell 2008, p. 112
  12. ^ ホップの割合については(Foster 1999, pp. 17–21)を参照;発酵の度合いについては (Daniels 1996, p. 154)を参照.
  13. ^ Foster 1999, p. 21.
  14. ^ Myth 4: George Hodgson invented IPA to survive the long trip to India
  15. ^ Daniels 1996, p. 156.
  16. ^ Brewing records. London Metropolitan Archives: Whitbread and Barclay Perkins.

参考文献[編集]

  • Cornell, Martyn (2008). Amber, Black and Gold. Zythography Press. OCLC 264030463 
  • Daniels, Ray (1996). Designing Great Beer. Brewers Publications. ISBN 0937381500. OCLC 35172582 
  • Foster, Terry (1999). Pale Ale. Classic beer style series, 16 (Second Edition ed.). Brewers Publications. ISBN 0937381691. OCLC 40268461