インディアン航空814便ハイジャック事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
インディアン航空814便
Airbus A300B2-101, Indian Airlines AN0133884.jpg
事故機のA300(VT-EDW)
ハイジャックの概要
日付 1999年12月24日 - 1999年12月31日
乗客数 176
乗員数 15
負傷者数
(死者除く)
17
死者数 1 (ルパン・カティヤル)
生存者数 190
機種 エアバス A300B2-101
運用者 インドの旗 インディアン航空
機体記号 VT-EDW
出発地 ネパールの旗 トリブバン国際空港
目的地 インドの旗 インディラ・ガンディー国際空港
テンプレートを表示

インディアン航空814便ハイジャック事件(インディアンこうくう814びんハイジャックじけん)とは、ネパールで発生したハイジャック事件である。

事件発生[編集]

1999年12月24日、ネパールのカトマンズからインドニューデリーに向かっていたインディアン航空814便(エアバスA300型機、乗客174人、乗員11人)が離陸直後の現地時間午後5時すぎにハイジャックされた。犯人はナイフ拳銃マシンガン手投げ弾などで武装した5人組で機長にパキスタンラホールに向かうよう要求したが、拒否されたため同7時すぎインド北西部のアムリトサルに着陸した。着陸直後には乗客4人がハイジャック犯に射殺されたとの情報も流れた。

迷走する機体[編集]

814便はアムリトサル空港で燃料を補給後に再び離陸した。燃料はわずか10分しか飛べない量だった。その後ラホールで再度燃料を給油した814便は、25日午前0時5分にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ近郊の空軍基地に着陸した。ここで犯人は57人の女性と13人の乳幼児の解放と引き換えに燃料と食料の補給を要求した。

UAEのアブドラ情報相は犯人が燃料補給を条件に女性と子供の解放に応じたと伝えた。同国のムハマド国防相が犯人側との交渉に応じた結果、犯人は給油のほか、食料や水、けが人を治療するための医薬品を要求した。UAE政府は要求に応じ、814便に給油した。

この時、UAE政府は特殊部隊を機内に突入させる計画を立てていたが、犯人がコックピットを占拠しているため突入は見送られた。

犯人は午前4時40分に乗客27人を解放し、25日午前5時に再び814便を離陸させた。この時、犯人に刺殺された男性乗客1人の遺体が引き渡されたが、犯人の正体や要求や最終目的地は不明のままだった。

アフガニスタンへ[編集]

当初ハイジャック犯はアフガニスタンカブール行きを要求したが、当時同国を実効支配していたターリバーン政権の当局者は814便の機長に対して、レーダーがないカブール空港への夜間着陸は不可能と回答し、814便はいったんUAEを目指したという。

25日午前7時半、814便はアフガン南部のカンダハールに着陸した。ターリバーンのアブドゥル=ワキール・アフマド・ムタワッキル外相はハイジャック事件解決のため国連に仲介を要請した。

犯人はパキスタンに本拠を置くイスラム過激派組織ジャイシュ=エ=ムハンマドのメンバーであり、インドの刑務所に収監中のイスラム指導者マウラナ・マスード・アズハル師らの釈放を要求した。同師は1994年カシミールでインド当局に逮捕されていた。

インドのアタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相は25日、「国連および関係各国と接触し、乗客乗員解放へのあらゆる努力をしている」との声明を発表し、インド政府としても国連の介入に期待していることを示唆した。

国連のスポークスマンは「国連はあらゆる方法で協力する用意がある」と話し、事態解決のためインド政府と犯人グループの交渉を仲介する用意があることを明らかにした。

事件の長期化[編集]

26日午前9時、国連のデムル人道問題担当調整官が現地に入り、犯人側は同日「国連への善意の印」としてインド人の人質1人を解放した。

国連は26日、インド政府の要請を受け、デムル調整官らパキスタンに駐在する国連職員3人を派遣した。ターリバーン政権とも会談を行ったが、国連のエクハード報道官は「犯人と直接交渉する意思はない」と述べた。またターリバーン政権側は犯人の政治亡命を拒否した。

27日、犯人グループはインド政府が同国内で服役中のイスラム過激派メンバーらの釈放に応じない場合は人質を殺害すると警告した。これに対し、インド政府は犯人側との直接交渉に応じる意向を表明した。

同日午後6時半、インド政府交渉団が特別機でカンダハールに到着した。犯人側は要求受け入れ期限を同日午後1時に設定していたが、インド政府が交渉に応じる姿勢を見せたため、最後通告をいったん取り下げたという。

ターリバーン政権は「犯人が人質に危害を加えれば突入する」と警告した。ムタワッキル外相は「ハイジャック犯が管制塔に2人の人質の手足を縛り、殺すと伝えてきた」と述べた。ターリバーンの武装兵士が814便を包囲したとの情報も流れた。

国連のデムル調整官は「人質の健康状態は悪化しており、814便の機長は国際社会が何らかの対応を取るよう訴えている」と述べた。

インドのマンモハン・シン外相は「乗客乗員の安全とインドの国益を共に重視する」と述べ、人質の解放を最優先する一方、犯人が要求するパキスタンとの係争中のカシミール問題での妥協は難しいとの考えを示した。

インド政府交渉団と犯人側は27日夜から計2回、2時間の直接交渉を行ったが、進展は見られなかった。28日は無線を通じて交渉を続けた。

28日、会見したシン外相は犯人側に子供たちとその母親を解放するよう求めたが拒否されたと伝えた。交渉団はこの日、「犯人が名前も顔も知られていない人間なので(解決には)時間がかかる」と述べ、シン外相は「人質の安全上、解放の戦略は言えない」とした。

814便のエンジンが止まったため、機内の気温低下や衛生状態の悪化が懸念された。カンダハールは夜間の気温が零度まで下がり、空港では国際赤十字委員会が医師や救急車を待機させ、ターリバーン政権軍の兵士が水や薬を機内に運んだ。

28日、犯人側はインドで服役するカシミール独立運動の関係者ら36人の釈放と身代金2億ドルを要求した。国連のデムル調整官は「乗っ取り犯は次第に苛立ちを募らせており、交渉の行方次第で人質を殺し始める可能性がある」と懸念を示した。

インド政府交渉団とともに現地入りした医師は、日本人女性1人を含む人質160人は丸4日以上、目隠しをされたり、席から立てないなどストレスにさらされており、精神的にパニックになる可能性があると警告した。調整官によると、人質に与えられる食事は米と豆類だけであり、27日はそれも与えられなかったという。

29日、交渉団と犯人側の4回目の交渉が行なわれ、インド政府からの要求への回答が伝えられた。インド政府は「人質の安全」とともに最大の領土問題であるカシミール問題で譲歩しないとの「国益」を両立させる考えを表明しており、回答の内容については明らかにされなかった。

インド政府は30日、犯人側が要求していたイスラム過激派3人の釈放に応じた。31日、インド政府の特別機で釈放犯がカンダハールに到着し、これに応じて犯人グループは人質全員を解放するとともにターリバーン政権が用意した四輪駆動車で現場から走り去った。

ターリバーン政権は犯人グループの亡命を認めず、10時間以内の国外退去を求めた。アメリカ中央情報局(CIA)はハイジャック犯らが隣国パキスタンに入国したことを確認した。

インドのジョージ・フェルナンデス国防相は「パキスタンがハイジャック事件に関与していた証拠がある」と述べ、パキスタンを激しく非難したが、パキスタンの当局者は「インド政府がハイジャック犯に関する情報を教えないため、国境で犯人を捕まえることができなかった」と反論している。

犯人のその後[編集]

ハイジャック犯の一部は2001年12月13日、ニューデリーのインド国会議事堂を襲撃する事件を起こした。主犯格は治安部隊との銃撃戦で死亡している。