インテラハムウェ

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インテラハムウェルワンダ語: Interahamwe)は、ルワンダにかつて存在した民兵組織である。 ルワンダ大虐殺を扇動し実行した、当時の与党民主主義・開発国民共和運動 (MRNDD) の フツ過激派民兵組織。 インテラハムエインタラハムウェインターハムウェインタラハムウエとも呼ばれる。

概要[編集]

様々に訳されているが、インテラハムウェとはルワンダ語で「共に働く者」 [1]「共に攻撃する者」[1]または 「共に働き団結する者」[2]という意味である。

インテラハムウェは1992年初めにMRNDDの青年部として作られ当初は武装組織ではなかったが [3]、その後急速に武装化していった[1]。 MRNDDに限らず、ルワンダの各政党は自前の青年部を持っており、彼らは主として、党の支持を訴えるデモを 行ったり、集会を開く、集会で党旗をふるなどの役割を担っていた[3]。 インテラハムウェが他の青年部と違っていた点は、軍やMRNDDの強硬派が軍事訓練を施した点である [3]。ただし、インテラハムウェの全員が民兵化したわけではない[3]。 武装化や軍事訓練がいつ頃から始まったのか、その正確な数がいくらだったのかは不明である [4]

ルワンダ大虐殺から10年以上経っても、ジェノシデールの多くはインテラハムウェだったと書かれたり解説されることが 絶えないが、これは誤りであることが比較的大規模なサンプリング調査により実証されている[4]。 ジェノシデールの約90%は普通の農民であったことがわかっている [5]。 このような間違いが起こった理由は、ルワンダでは虐殺事件の最中から、インテラハムウェをジェノシデールと同一の意味で 乱用して使っていたため混同されてしまったからである[4]。 ただし、地方の状況を変えてツチの殺戮へ向かうように工作したり、襲撃の先頭を切るなど、虐殺で重要な位置を 占めていた事もまた事実である[4]

インテラハムウェは、ルワンダ愛国戦線に押し出されて、その後コンゴ民主共和国へ逃亡した。 また、旧ルワンダ政府軍(フツ軍)とほぼ全ての作戦行動を共同で行っているため、両組織の区分も曖昧で、ルワンダ解放軍ALIR)と総称されている。

出典[編集]

  1. ^ a b c M.Mamdani (2002). When Victims Become Killers:Colonialism, Nativism and the Genocide in Rwanda. Princeton University Press. p. 204. ISBN 978-0691102801. 
  2. ^ L.Melvern (2006). Conspiracy to Murder(Revised Edition). Verso. p. 26. ISBN 978-1-84467-542-5. 
  3. ^ a b c d S.Straus (2008). The Order of Genocide:Race, Power, and War in Rwanda. Cornell University Press. p. 26. ISBN 978-0-8014-7492-7. 
  4. ^ a b c d S.Straus, The Order, p.27.
  5. ^ S.Straus, The Order, Chapter 4 The Génocidaires.

関連作品[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]