インクルーシブ教育

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インクルーシブ教育(インクルーシブきょういく、英語: Inclusive Education)とは、人間の多様性の尊重等を強化し、障害者が精神的および身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能にするという目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組み[1]インクルージョン教育と呼ばれることもある。

概要[編集]

インクルーシブ教育は、障害のある者とない者が共に学ぶことを通して、共生社会の実現に貢献しようという考え方であり、2006年12月の国連総会で採択された障害者の権利に関する条約で示されたものである。日本においても同条約の批准に向けて2011年8月に障害者基本法が改正され、「可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮」(16条)を行うことが示された。障害などの特性に応じたきめ細かな教育により、障害児の能力を可能な限り伸ばすことが求められている[2]中央教育審議会は、障害のある者が「general education system」(署名時仮訳:教育制度一般)から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な「合理的配慮」が提供される等が必要とされていることを報告した[3]

「合理的配慮」とは、障害のある子供が、他の子供と平等に「教育を受ける権利」を享有・行使することを確保するために、学校の設置者や学校が必要かつ適当な変更・調整を行うことである。障害のある子供に対し、その状況に応じて、学校教育を受ける場合に個別に必要とされるものであり、学校の設置者および学校に対して、体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さない[1]

インクルーシブ教育を実現する仕組みのことをインクルーシブ教育システムといい、同じ場で共に学ぶことを追求するとともに、個別の教育的ニーズのある幼児、児童、生徒に対して行われる。自立と社会参加を見据えて、その時点で教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できる、多様で柔軟な仕組みを整備することや、小・中学校における通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある「多様な学びの場」を用意しておくことが必要である。また、共生社会の形成に向けて、障害者の権利に関する条約に基づくインクルーシブ教育システムの理念が重要であり、その構築のため、特別支援教育を着実に進めていく必要があるとされている[3]

インクルーシブ教育は、教室において、特別な支援を必要とする子どもと、他の子どもの双方にとって効果的である。障害をもつ子どもにとっては、コミュニケーションスキルや、社会的スキルの改善、周りとのポジティブな相互作用の増加、多くの教育的な成果、学校卒業後の適応などの効果が見られる。また、障害のない子どもに対するメリットとして、障害をもつ人へのポジティブな態度や認識の発達、社会的地位の向上が挙げられている[4]

UNESCO(2009)は、インクルーシブ教育は、特別な支援を必要とする児童生徒だけでなく、宗教的、人種的、民族的、言語的マイノリティーや、移民、貧困層、HIV/エイズ患者などの、より多様なニーズを認め、対応する必要があると記している[5]。また、障害者権利条約第24条においては教育を受ける権利として『インクルージョン教育体制』の実施を初等、中等教育のみならず成人教育生涯学習の段階においても締結国に求めている。

背景[編集]

インクルージョンやインクルーシブ教育の用語や考え方は、1990年前後からアメリカやカナダを中心に広がり始め、1994年の特別ニーズ教育に関するサラマンカ声明において、インクルーシブな学校のあり方が提起されたことにより、国際的な市民権を得ていった[6]

1960年代以降、欧米諸国でインテグレーションの主張や実践が本格的になった。公民権運動や移民政策などとも関連しながら、人種・民族的偏りも合わせて指摘されるようになり、安易で差別的な選別に批判が高まる。こうしたことを背景に、障害者権利宣言(1975年)、国際障害者年(1981年)以降の取り組みにも後押しされながら、それまで公教育から排除されてきた障害の重い子供にも学校教育が保障されるようになり、一方で、能力主義的選別を是正し、できる限りノーマルな教育環境を保障するというインテグレーションが推奨された。また、特別学校・学級の対象とされてきた伝統的障害(盲、聾、知的障害、肢体不自由など)に加え、自閉症・学習障害などの「新たな障害」や、学習困難・行動問題をもつ子どもの問題がクローズアップされてきた。障害カテゴリーを超える「特別な教育的ニーズ」という概念が、イギリスの「ウォーノック報告」(1978年)で提起されると、その用語は他の国でも採用され広がっていき、障害のある子供に限定せず、また特別な場に限定されない広く特別な教育的ニーズへの教育的施策をすすめるという特別ニーズ教育の理念・原則が、サラマンカ声明で採用された[6]

インテグレーションとインクルーシブの違い[編集]

フランク・ボウは、統合(インテグレーション)と「完全な包括(インクルーシブ)」の違いを強調した。インクルーシブ教育においては、少数派である障害を持った子供は、同世代の障害を持たない仲間たちと隣同士で学習する。アメリカ合衆国では、教育者が一般的な統合教育を実践するならば、アメリカ全障害児教育法の下で特別教育を受ける権利を認められる子供は、1週間のうち3分の2以上を通常学級で学習することができる。彼(女)らは、実際にずっと通常学級にいなければならないというわけではなく、作業療法理学療法言語療法などの応対を受けるために「取り出し」の対象になることもある。

対象的に、完全な包括の下では、個別障害者教育法の対象となる子供たちは、文字通り1日中、通常学級に在籍することになる。必要な応対は「入り込み」を通じて行われる。つまり、専門家が教室にやってきてそこで支援を行うのである。ボウは、完全な包括ではなく、統合教育が障害を持ったほとんどの子供たちにとって妥当な取り組みであると考えている。また、ボウは、知られたところでは自閉症知能障害難聴の子供、複合障害児など、子供たちの中には、統合教育でさえ、適切な教育を提供できないかもしれない者がいることも認識している。

しかし、スタインバック夫妻によれば、通常学級に在籍することは人権である。彼(女)らは、高等学校まで学校は障害を持ったすべての子供たちに完全な包括を提供できるように再構築するべきであると考えている。アメリカ連邦政府の教育省によれば、個別障害者教育法の実施に関する最新の調査では、該当する子供の約半数がほとんどの時間を通常学級で過ごしている。ただし、障害種別に見ると、その割合は非常にばらつきがあることが分かる。言語障害を持った子供の90%以上が包括的な教室に在籍している。しかしその一方で、通常学級に通う自閉症の子供たちは、わずか29%に留まっている。これらのばらつきは、個別障害者教育法の要求に応じたものであろう。つまり、教育的対応は、子供がどこに在籍するべきかではなく、それぞれの子供に固有な必要性によってなされるべきであるという考え方である。

メリット・デメリット[編集]

障害児と同じ教室になったことがあり、担任教諭などの圧力によりいわゆる「お世話係」にさせられるなどされた者が、「迷惑を被った」などとして将来大人になった時に障害者排除の思想を持つ場合がある。このケースでは、かえって障害児本人の心理的負担が増大する。このように、インクルージョン教育が一概によいとは言えない。

一方で、政府にとっては大きなメリットがあると言われる。障害者施設の費用は、通常学級の3倍掛かるとされているため、インクルージョン教育を進めることにより、障害者団体を味方につけることができると同時に障害児に掛かる国費をも節約することができるからだ。 しかし、何の専門性もない教員にとってこれは難題である。 教育実習で2週間程障害者施設に行くが、それ以外で障害者のことは教わらない。 また、障害児は幼少期に必要なことを教わらなければならないが、通常学級でこれを習得することは困難であり障害者の社会進出に多大な影響がでることが予想される。 こうした障害児の被りうるデメリットを避けるため、障害者権利条約第24条第2項(c)においては、「個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。」が明記されているのである。

包括的な教育[編集]

インクルーシブ教育は、「インテグレーション」の翻訳語である統合教育と区別し、包括的な教育と訳される。

包括的な教育とは、すべての子どもたちに開かれた教室、学習施設、教育制度を意味する。包括的な教育の下では、すべての子どもたちが学習し、参加することが保障されている。これを実現させるためには、それぞれの子どもたちが持つ多様なニーズを考慮し、すべての子どもたちが学校生活のすべての部分に関わることができるよう、教師学校制度が変わらなければならない。

また、包括的な教育では、学習や参加の妨げとなる学校の中や周りに存在するあらゆる障壁に気づき、その障壁を極力取り除くようにしていく。包括的な教育とは、現状では排除されている集団も含めて、すべての子どもたちが主流の学校制度の中に有効に参加し、そこで効果的に学習できるようになることを目指す工程である。排除された子どもたちを通常学級に在籍させるだけで、これらを達成しているとは言えない。包括的な教育は、いくつかの原理や実践を基礎とせねばならない。

包括的な教育の原則[編集]

  • すべての子どもたちは機会の平等に基づく教育を受ける権利を持っている
  • 人種、肌の色、性別母語宗教政治的信条国籍民族、社会的出自障害の有無、家柄貧困、他の境遇などを理由に、排除差別してはならない。
  • すべての子どもは学ぶことができ、そして教育の恩恵を享受することができる。
  • 子どもが学校に適応するのではなく、学校が子どもの必要に応じるのである。
  • 子どもの意見に耳を傾け、そしてそれを深刻に受け止める。
  • 子どもたちそれぞれの違いは、問題ではなく重要性や多様性の源である。
  • 広く柔軟な対応によって、様々な要望や子どもの発達の支援に取り組む。

包括的な教育の実践[編集]

  • 包括を一度きりの行為と捉えずに、継続的な工程と考える。
  • 子ども、教師、保護者、地域の人々の学校の活動への参加を推進し維持する。
  • 現場において子どもたちの多様性に対応するためには、学校文化、学校方針、学校経営を再構築する。包括的な環境、個人や集団に関する「特別な部分」を探ったり、「問題」への対応を目標にするのではなく、学習や参加に関する障害を認識し解決することに焦点を当てている。
  • 参加可能な教育課程を整え、適切な教員の研修講座を設ける。そして子どもたちが、確かな情報の入手が可能であり、適切な環境の下、十分な支援を受けられるようにする。
  • 子どもだけでなく、職員のための支援も認識し提供する。
  • 教員は、教育現場における子供の成績だけでなく、生活習慣や家庭環境などの把握、配慮が必要となる。しかし、働きかけ次第で教員の意図とは反対に子供の学習化から排除する可能性があるため、慎重な対処が重要である[7]

インクルーシブ体育[編集]

定義[編集]

1994年(平成6年)にユネスコが採択したサラマンカ声明以降、日本では法整備の1つとして2015年(平成27年)に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、通称「障碍者差別解消法」を定め、学校現場では合理的配慮が求められたため、インクルーシブ体育を合理的配慮の在り方として定めたもの。例として、主に陸上においては肢体不自由児の自己の障害の程度に応じて参加することができ短距離走では1人1人の能力に応じて距離を調整することができ、トラックでは車いすと他の子供の接触を避けるためにあらかじめ子供の走るレーンを決めておくなど合理的配慮が求められている[8]

脚注[編集]

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  1. ^ a b インクルーシブ教育システムに関する基本的な考え方”. インクルーシブ教育システム構築支援データベース(インクルDB). 国立特別支援教育総合研究所. 2018年11月7日閲覧。
  2. ^ 「インクルーシブ教育」で特別支援はどう変わるの?”. ベネッセ 教育情報サイト (2012年8月2日). 2018年11月7日閲覧。
  3. ^ a b 共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告) 概要”. 文部科学省. 2018年11月7日閲覧。
  4. ^ Bennett, T., Deluca, D., & Bruns, D. (1997). “Putting inclusion into practice: perspectives of teachers and parents.”. Exceptional Children 64. 
  5. ^ Policy Guidelines on Inclusion in Education. UNESCO. (2009). https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000177849. 
  6. ^ a b 荒川智『インクルーシブ教育入門 すべての子どもの学習参加を保障する学校・地域づくり』かもがわ出版、2008年6月20日。ISBN 9784902244984
  7. ^ 金井香里『ニューカマーの子どもがいる教室 教師の認知と思考』勁草書房、2012年2月25日。ISBN 9784326250745
  8. ^ 藤田紀昭(編著)、斎藤まゆみ(編著)『これからのインクルーシブ体育・スポーツ 障害のある子どもたちも一緒に楽しむための指導』ぎょうせい、2017年12月15日。ISBN 9784324103838

参考文献[編集]

  • 高倉正樹『アイちゃんのいる教室』偕成社、2013年。ISBN 9784034171202
  • 高倉正樹『アイちゃんのいる教室 3年1組』偕成社、2015年。ISBN 9784034171301
  • 高倉正樹『アイちゃんのいる教室 6年1組にじ色クラス』偕成社、2017年。ISBN 9784034171400
    • 仙台市立太白小の通常学級に通うダウン症の武田愛さんとクラスメートたちの6年間を題材にした児童書。読売新聞の宮城版連載を書籍化。