イワオ・タカモト

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イワオ・タカモトIwao Takamoto1925年[1]4月29日 - 2007年1月8日)は、日系アメリカ人2世のアニメーター。本名:高本厳夫[2]

生涯[編集]

カリフォルニア州ロサンゼルス出身[2]。父は広島県からの移民で13歳の時、日本に来たことがある[2]第二次世界大戦時には日系人収容所のマンザナール強制収容所で収監されたが、そこで仲間からイラストの技術を学んだという。高校時代に映画芸術への道を歩こうと決意して19歳の春、ウォルト・ディズニー社に入る[2]

戦後もディズニーのアニメ製作に携わり、『ミッキーマウス』『ドナルド・ダック』の仕事を与えられる[2]。その後は漫画の登場人物たちをデザインする有能なデザイナーとして活躍し[2]、12年間ディズニーで働いたあと、政治的かつ現実的な理由で1961年ハンナ・バーベラ・プロダクションに移籍する[2](当時、アメリカでアニメーションを制作していた大規模なプロダクションは、ディズニーとハンナ・バーベラの2社であった[2])。『スクービー・ドゥー』(当時の邦題:弱虫クルッパー)シリーズのキャラクターデザインで名を馳せた。その後もトップクラスのクリエイティブ監督として、またアメリカにおけるアニメーターの第一人者として活躍した[2]

2005年には、アメリカのアニメ組合ゴールデン賞を受賞した。

2007年1月、心不全によって81歳で死去。

脚注[編集]

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  1. ^ サンデー毎日』1973年8月19日号、pp.58-62のインタビューには、1926年ロサンゼルス生まれと記載されている。
  2. ^ a b c d e f g h i サンデー毎日』1973年8月19日号、pp.58-62

外部リンク[編集]