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イルハム・アリエフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イルハム・アリエフ
İlham Əliyev

2024年

任期 2003年10月31日
第一副大統領 メフリバン・アリエヴァ(2017年 - )
首相 アリ・アサドフ(2019年 - )

任期 2003年8月4日 2003年10月15日
大統領 ヘイダル・アリエフ

出生 (1961-12-24) 1961年12月24日(64歳)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国バクー
政党 新アゼルバイジャン党
配偶者 メフリバン・アリエヴァ
宗教 イスラム教シーア派
署名

イルハム・ヘイダル=オグル・アリエフアゼルバイジャン語: İlham Heydər oğlu Əliyev1961年12月24日 - )は、アゼルバイジャン政治家。第4代アゼルバイジャン大統領2003年10月31日 - )。1993年から10年間アゼルバイジャン大統領を務めたヘイダル・アリエフの長男であり、病気で引退したヘイダルの後継者に指名されて2003年の大統領選挙に勝利し、旧ソ連諸国で初めての親子による権力の世襲を実現した。妻のメフリバン・アリエヴァユネスコ親善大使などを歴任し、2017年2月から第一副大統領を務めている[1]

経歴

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父ヘイダルがアゼルバイジャン共和国国家保安委員会局員であった時代に、アゼルバイジャンの首都バクーに生まれる。初等・中等教育をバクーで受けた後、1977年モスクワ国際関係大学に進学。1985年に同大学大学院で歴史学および国際関係論の修士号を取得し、同年から1990年まで同大学で教鞭を取った。1991年よりビジネスに転じ、モスクワイスタンブールで仕事をしていたが、父の大統領就任後の1994年にバクーに戻り、アゼルバイジャン共和国国営石油会社第一副総裁に就任。自身が大統領に選出されるまでこの職にあった。この間、1995年2000年の議会総選挙で国会議員に選出されている。1997年からはオリンピック委員会委員長を務めるなど、大統領である父のもとで政財界の要職を歴任した。

ヘイダルの健康不安が明らかとなって以来、権力の委譲を進められており、1999年には新アゼルバイジャン党の副党首に選ばれた。父が病気療養のためアメリカ合衆国に赴いた2003年8月首相に就任。10月の大統領選挙に候補者登録し、最終的に引退を決意したヘイダルによって後継者として与党の大統領選単独候補に指名され、10月15日に投票された大統領選挙で圧勝、アゼルバイジャン共和国大統領に就任した。

父から受け継いだ強権的な体制、腐敗した政治、権力の世襲に対する国内外の批判も強いが、イルハム・アリエフ政権は対外的には国際協調による政治・経済の安定を目指している。

2008年10月15日の大統領選挙英語版で再選。2013年10月9日の大統領選挙英語版で3選されたが、投票開始前にもかかわらず選挙管理委員会がアリエフに当選確実を打つという珍事件が発生し、選管は以前の選挙データを誤って発表してしまったと釈明したが、候補者名は2013年選挙のものだったため、この言い分にも疑問が呈された[2]

2016年の国民投票で承認された憲法改正では、夫人のメフリバンが就任した副大統領職の新設と、大統領任期の延長(5年→7年)に加えて、35歳以上だった大統領選挙の候補者年齢制限が撤廃された。このことから、長男への権力世襲を目指しているとの見方も強い[3]

2018年4月11日の大統領選挙英語版では約86%の票を獲得し4選[4]

1990年代よりナゴルノ・カラバフ地方で事実上独立していたアルメニア人の自称国家アルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ共和国)については、2020年9月に大規模な軍事作戦を実施してアルツァフに占領されていた領土の大部分を取り戻した。その後アルツァフの封鎖を行い、2023年9月の電撃的な攻勢でアルツァフを事実上降伏させ、国家解体へと追い込んだ。ナゴルノ・カラバフの主権を回復したアリエフは、大統領就任20周年にあたる2023年10月15日にアルツァフの「首都」であったハンケンディ(アルメニア語名ステパナケルト)を訪問して勝利演説を行い、「アルツァフ共和国の大統領府」が置かれていた建物の前でアゼルバイジャン国旗を掲げた[5]。同年12月7日には次期大統領選挙を1年早めて2024年2月7日に実施することを決定したが、これはナゴルノ・カラバフの奪還を踏まえた措置とも推測されている[6]2024年大統領選挙英語版ではナゴルノ・カラバフ奪還の実績も追い風にして92.1%の票を獲得し5選された[7][8]アゼルバイジャン航空8243便墜落事故が起きた際は誤ってアゼルバイジャン機を撃墜したロシアに強く反発し、ロシアが侵攻中のウクライナに関して「ロシアに降伏すべきでない」「占領に決して同意しない」と異例の批判を行った[9]

脚注

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  1. 外務省・アゼルバイジャン基礎データ
  2. “Azerbaijan releases election results...before election”. CNBC. (2013年10月10日) 2024年8月2日閲覧。
  3. 日経産業新聞2017年3月17日「アゼルバイジャン 大統領夫人が副大統領/旧ソ連圏、権力承継へ布石」
  4. “【アゼルバイジャン】 アリエフ大統領再選、エルドアン大統領も祝福”. TRT日本語. (2018年4月12日) 2018年4月15日閲覧。
  5. “Azerbaijani president visits Karabakh's abandoned main town”. ユーラシアネット. (2023年10月16日) 2023年11月9日閲覧。
  6. “Azerbaycan’da İlham Aliyev cumhurbaşkanlığı seçimlerini bir yıl öne çekti”. Medyascope. (2023年12月7日) 2023年12月8日閲覧。
  7. “Azerbaijan's President Aliyev leads presidential election with 92.1% of vote -commission”. ロイター. (2024年2月8日) 2024年2月8日閲覧。
  8. “アゼルバイジャンで前倒し大統領選で現職アリエフ氏が「圧勝」で5選果たす”. 産経新聞. (2024年2月8日) 2024年2月8日閲覧。 {{cite news}}: |work=|newspaper=引数が重複しています。 (説明)
  9. アゼルバイジャン大統領がウクライナに「降伏するな」…対露批判鮮明、露を国際司法機関に提訴準備も”. 東京新聞. 2025年7月22日閲覧。

外部リンク

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先代
ヘイダル・アリエフ
アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン大統領
2003年 - 現在
次代
-