イブラヒム・ブバカール・ケイタ

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イブラヒム・ブバカール・ケイタ
Ibrahim Boubacar Keïta
Ibrahim Boubacar Keïta par Claude Truong-Ngoc décembre 2013 (cropped).jpg
イブラヒム・ブバカール・ケイタ(2013年12月)

任期 2013年9月4日 – 2020年8月19日
首相 ジャンゴ・シソコ(代行)
ウマル・タタム・リー
ムーサ・マラ
モディボ・ケイタ
アブドゥライ・イドリッサ・メイガ
ブブ・シセ

マリ共和国の旗 マリ
首相
任期 1994年2月4日 – 2000年2月15日
元首 アルファ・ウマル・コナレ

マリ共和国の旗 マリ
国会議長
任期 2002年9月16日 – 2007年9月3日

出生 (1945-01-29) 1945年1月29日(75歳)
Flag of French Sudan (1958-1959).svg フランス領スーダン、クティアラ
政党 マリ民主主義同盟(1990年 - 2001年)
マリのための団結(2001年 - 現在)
出身校 ダカール大学
パリ第1大学

イブラヒム・ブバカール・ケイタフランス語: Ibrahim Boubacar Keïta1945年1月29日 - )は、マリ共和国の政治家。イニシャルを取ってIBKとも呼ばれる。

1994年から2000年まで首相、2002年から2007年まで国会議長の役職にあった[1][2][3]。2013年7月から8月の大統領選で当選し、9月4日に宣誓を行った。2013年から同国の大統領を務めたが、2020年8月18日に発生したクーデターで辞任した(2020年マリ軍事クーデター[4]

経歴[編集]

生い立ち[編集]

フランス領スーダン(現在のマリのクティアラに生まれる[1][2]パリのリセ・ジャンソン=ド=セリーとバマコのリセ・アスキア=ムハンマドで学んだ後、ダカール大学パリ第1大学、近代国際関係史研究所 (IHRIC) で教育を受け続けた。歴史学の修士号のほか、政治科学や国際関係論の学位も持つ。

学業を修了するとフランス国立科学研究センターの研究員となり、パリ第1大学で第三世界政治の講座を受け持った。マリに帰国後は欧州開発基金の技術顧問となり、欧州連合のマリに対する援助活動のために第一次小規模開発計画を取りまとめた。その後は、発展途上国の子どもを支援する国際的なNGO「人間の大地」フランス支部のマリ所長となった。

1990年代[編集]

1991年5月25日から26日に開催された結成大会でマリ民主主義同盟 (ADEMA-PASJ) が設立されると、ケイタはそのアフリカおよび国際関係部長に就任した[5]。ADEMAのアルファ・ウマル・コナレ候補が当選した1992年の大統領選挙では、コナレ陣営の副本部長を務めた。大統領に就任したコナレは1992年6月にケイタを上級外交顧問兼スポークスマンに指名し、同年11月にはコートジボワールガボンブルキナファソニジェールの大使に任命した[1][2]

1993年11月、ケイタはマリ政府の対外関係・在外マリ人・アフリカ統合担当相に任命された。1994年2月4日にはコナレ大統領から首相に指名され、2002年2月まで同職にあった[1][2]。1994年9月に開かれたADEMAの第一回定例大会で、ケイタはADEMAの代表に選出された[6]。1997年の大統領選と国会議員選の結果を受けて、同年9月13日には首相を辞任した[7]が、その直後にコナレから再任され、9月16日に新政権を発足させた[8]

1999年10月にADEMA代表に再選され[9]、その翌月には社会主義インターナショナルの副代表に指名された[1]

2000年代[編集]

2000年2月14日、ケイタはADEMAの党内対立から首相辞任を余儀なくされた。同年10月には党の代表からも退任した。その後、ケイタは2001年6月30日に「マリのための団結」 (RPM) を結成し、それ以来同党を率いている[1][10][11]。2002年の大統領選に立候補した際には、多くのムスリムの指導者と協会から強い支援を得た。しかし、首相在任中にカジノや宝くじを導入したことを指摘し、ケイタの政策とイスラームの両立性に疑念を抱く者もいた[12]。4月28日の第一回投票で、ケイタはアマドゥ・トゥマニ・トゥーレとスマイラ・シッセに次ぐ21%の得票率で3位につけた[13]。ケイタは選挙に不正があったと糾弾し、自身が第二回投票から意図的かつ不正に排除されたと主張した上で、ほかの候補者とともに選挙結果の無効を求めた[14][15]。5月9日、憲法裁判所は選挙に重大な不正行為があったと認定し、投票数の4分の1をそのために無効にしたものの、第二回投票はトゥーレとシセの上位2名の候補者によって争われるとの裁定を下した[16][17]。憲法裁判所によると、得票率21.03%のケイタが得た票数は、シセにわずか4,000票弱及ばなかった[13][17]。同日、ケイタは裁判所の裁定を受け入れた上で、第二回投票ではトゥーレの「希望2002」同盟を支援すると表明した[16][17]。ケイタは自らを「法を守る人」と称した上で、裁判所は法に従ったと述べた[17]。その第二回投票ではトゥーレが当選した[18]

2002年7月の国会議員選挙でケイタは、バマコ地区第4コミューンから第一回投票で当選した[1][2][19]。さらに9月16日には、ADEMAを含む広範な支持を受けて、国会議長に選出された[1][2][18][19][20][21]。このときの投票結果は全138票のうちケイタが115票[20][21]、唯一の対立候補であった「民主主義と独立のためのアフリカの連帯」 (SADI) のヌムティエ・ソゴバが8票、棄権が15票であった[20]

2002年10月24日には、ハルツームにおける会議でアフリカ国会連合の幹事長に選出された[1]

2007年4月の大統領選では再び「マリのための団結」から立候補し、同年1月28日に党の指名を受けた[22]。しかし選挙結果はトゥーレの圧勝で、ケイタは得票率19.15%で2位に終わった[23]。ケイタはほかの3人の大統領候補とともに民主主義共和国戦線 (FDR) という連合体を形成していたが、その一員としてケイタは選挙結果に異議を唱え、不正行為を理由に選挙の無効を求めた[24]。これに対して憲法裁判所はトゥーレの当選を裏付ける裁定を下したが、ケイタは5月19日に、憲法裁判所の裁定をFDRは尊重すると述べた[25]

2007年7月の国会議員選挙でケイタは、バマコの第4コミューンから再選された。7月1日の第一回投票におけるケイタの得票率は31.52%で[19][26]、無所属のムーサ・マラ候補の30.70%をわずかに上回った[26]。7月22日の第二回投票では、暫定結果で51.59%の票を獲得し、辛うじて勝利した[27]。9月3日に開会した新たな国会の議長に再び立候補することはなく、国会議長の選挙ではADEMA代表のディオンクンダ・トラオレが当選した[3][28]

ケイタはパン・アフリカ議会でマリ代表を務めた[29]。2007年から2008年にかけて、国会の対外関係・在外マリ人・アフリカ統合担当委員会の委員であった[30]。国会での職務に加えて、ケイタは西アフリカ諸国経済共同体議会の議員も務めた[31]

2010年代[編集]

2013年7月から8月の大統領選に、ケイタは再び立候補した。今回の選挙では、ケイタは最も当選の可能性が高い候補者とされた[32][33]。選挙の第二回投票でケイタはスマイラ・シセを破って当選し、2013年9月4日に大統領としての宣誓を行った[34]。ケイタは大臣の任命にあたって、政治的な思惑よりも能力を重視することを誓い、9月5日にはテクノクラートの銀行員であるウマル・タタム・リーを首相に任命した[35]。タタム・リーの辞任後はムーサ・マラ(2014年4月5日から2015年1月9日)、さらにモディボ・ケイタ(2015年1月9日から)が首相に任命された。

再選をかけた2018年7月29日のマリ大統領選挙英語版では得票率41.4%で1位となり、17.8%で2位のスマイラ・シセとともに8月12日の決選投票に進んだ[36]。決選投票で67%の票を獲得し再選[37]

2020年代[編集]

2020年8月18日、一部兵士によってブブ・シセ英語版首相とともに身柄を拘束された[38]。翌19日早朝に国営テレビで演説し、自身の辞任と議会の解散を表明した(2020年マリ軍事クーデター[39]。8月27日に拘束を解かれ自宅に戻ったことを軍部が発表している[40]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i National Assembly page for Keïta.
  2. ^ a b c d e f Candidate profile, Bamanet.net, April 20, 2007 (フランス語).
  3. ^ a b "L'EFFET "IBK"", L'Essor, number 16,026, September 4, 2007 (フランス語).
  4. ^ “マリでクーデター、大統領が辞任 政府と議会も解散”. AFPBB News. フランス通信社. (2020年8月19日). https://www.afpbb.com/articles/-/3299851 2020年8月19日閲覧。 
  5. ^ "Membres du conseil exécutif de l'Adéma-PASJ élus au congrès constitutif du 25 et 26 Mai 1991.", ADEMA website (フランス語).
  6. ^ "Membres du conseil exécutif de l'Adéma-PASJ élus au premier congrès ordinaire de Septembre 1994.", ADEMA website (フランス語).
  7. ^ "Mali: Prime Minister Keita resigns", Radio France Internationale (nl.newsbank.com), September 14, 1997.
  8. ^ "Mali: President Konare forms new cabinet", RTM radio, Bamako (nl.newsbank.com), September 17, 1997.
  9. ^ "DIRECTION NATIONALE: Comité exécutif 1999 - 2000", ADEMA website (フランス語).
  10. ^ National Political Bureau of the RPM (フランス語).
  11. ^ "L'ancien Premier ministre, Ibrahim Boubacar Keita, crée son parti", Afrique Express, number 231, July 2, 2001 (フランス語).
  12. ^ "Mali's Muslim leaders back ex-premier", BBC News, April 26, 2002.
  13. ^ a b "1er tour de l'élection présidentielle au Mali : Verdict de la Cour Constitutionnelle", L'Essor, May 9, 2002 (フランス語).
  14. ^ Joan Baxter, "Mali court reviews 'vote-rigging'", BBC News, May 7, 2002.
  15. ^ "MALI: Malians await court's decision", IRIN, May 7, 2002.
  16. ^ a b "Mali: Constitutional Court affirms second round", IRIN, May 10, 2002.
  17. ^ a b c d "Mali's opposition backs general", BBC News, May 10, 2002.
  18. ^ a b 2002 timeline on the official site of the Malian presidency.
  19. ^ a b c "Législatives au Mali: la mouvance présidentielle en tête au 1er tour", AFP (Jeuneafrique.com), July 6, 2007 (フランス語).
  20. ^ a b c Francis Kpatindé, "Retour triomphal pour Ibrahim Boubacar Keita", Jeune Afrique, October 7, 2002 (フランス語).
  21. ^ a b "Démission du gouvernement, Ahmed Mohamed Ag Hamani reconduit au poste de premier ministre", Afrique Express, number 257, October 17, 2002 (フランス語).
  22. ^ "IBK investi par son parti candidat à l’élection présidentielle prochaine au Mali", African Press Agency, January 28, 2007 (フランス語).
  23. ^ "Présidentielle au Mali: la Cour constitutionnelle valide la réélection de Touré", AFP, May 12, 2007 (フランス語).
  24. ^ "Mali: l'opposition conteste la présidentielle sans attendre les résultats", AFP, May 1, 2007 (フランス語).
  25. ^ "Mali opposition concedes Toure's re-election", Reuters, May 21, 2007.
  26. ^ a b "Commune IV : DUEL SINGULIER", L'Essor, July 19, 2007 (フランス語).
  27. ^ M. Kéita, "2è tour des législatives à Bamako : AVANTAGE À L'ADEMA ET AU CNID", L'Essor, number 15,996, July 24, 2007 (フランス語).
  28. ^ "Mali: Dioncounda Traoré élu président de l'Assemblée nationale", AFP, September 3, 2007 (フランス語).
  29. ^ List of members of the Pan-African Parliament.
  30. ^ "Liste des députés membres de la commission Affaires Etrangères-Maliens de l'extérieur et Intégration Africaine", National Assembly website (フランス語).
  31. ^ "Liste des députés Membres du Parlement de la CEDEAO", National Assembly website (フランス語).[リンク切れ]
  32. ^ R., A. (2013年7月29日). “A relatively calm affair”. The Economist. http://www.economist.com/blogs/baobab/2013/07/mali-s-election 2013年7月30日閲覧。 
  33. ^ “Voters defy threats as polls close in Mali”. Al-Jazeera. (2013年7月28日). http://www.aljazeera.com/news/africa/2013/07/2013728193018763120.html 2013年7月30日閲覧。 
  34. ^ Tiemoko Diallo and Adama Diarra, "Mali's new president promises to bring peace, fight graft", Reuters, 4 September 2013.
  35. ^ "New Mali president names banker as first prime minister", Reuters, 6 September 2013.
  36. ^ [Mali’s President Forced Into Runoff Election “https://www.nytimes.com/2018/08/02/world/africa/mali-president-election.html”]. ニューヨーク・タイムズ. (2018年8月2日). Mali’s President Forced Into Runoff Election 2018年8月3日閲覧。 
  37. ^ “Mali president Keita wins landslide election; faces uphill struggle”. ロイター. (2018年8月16日). https://www.reuters.com/article/us-mali-election/mali-president-keita-wins-re-election-with-67-percent-of-vote-official-result-idUSKBN1L10ZK 2018年8月17日閲覧。 
  38. ^ “マリでクーデターか 反乱兵が大統領と首相拘束”. AFPBB News. フランス通信社. (2020年8月19日). https://www.afpbb.com/articles/-/3299831 2020年8月19日閲覧。 
  39. ^ “マリでクーデター、大統領が辞任 政府と議会も解散”. AFPBB News. フランス通信社. (2020年8月19日). https://www.afpbb.com/articles/-/3299851 2020年8月19日閲覧。 
  40. ^ “マリ 軍事クーデターで辞任の前大統領 拘束解かれ自宅に戻る”. NHK NEWSWEB. NHK. (2020年8月28日). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200828/k10012587421000.html 2020年9月4日閲覧。 
議会
先代:
アリ・ヌーム・ディアロ
マリ共和国の旗 マリ共和国国会議長
2002年 - 2007年
次代:
ディオンクンダ・トラオレ
公職
先代:
アブドゥライ・セク・ソウ
マリ共和国の旗 マリ共和国首相
1994年 - 2000年
次代:
マンデ・シディベ
先代:
ディオンクンダ・トラオレ
(代行)
マリ共和国の旗 マリ共和国大統領
2013年 - 2020年
次代:
アシミ・ゴイタ
(国民救済委員会委員長)