イチジク製薬

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イチジク製薬株式会社
Ichijiku Pharmaceutical Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 イチジク
本社所在地 日本の旗 日本
130-0005
東京都墨田区東駒形4-16-6
設立 1934年(創業は1925年
業種 医薬品
法人番号 6010001098829
事業内容 医薬品の製造販売
代表者 今川拓一(代表取締役社長
資本金 3,510万円
従業員数 60名
主要株主 オカモト100%
外部リンク イチジク製薬株式会社
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イチジク製薬株式会社(イチジクせいやく、英称:Ichijiku Pharmaceutical Co., Ltd.)は、東京都墨田区に本社を置く製薬会社である。

創業から今日に至るまで、浣腸薬として有名な「イチジク浣腸」を製造販売している。

概要[編集]

1925年医師の田村廿三郎により、「イチジク印軽便浣腸」の製造を開始する。翌年には合資会社として、田村が初代社長に就任し、東京軽便浣腸製造所として設立される。

1934年に株式会社に改組する。当時北海道で特殊白土の生産に携わっていた湯浅巌と協力して「イチジクしもやけ温湯素」「イチジク美身温湯素」「イチジクぢの薬」を製造して事業を拡大し、1939年に湯浅が社長に就任している。

1945年に戦災で工場を失するが、現在の本社所在地に工場を建て浣腸薬のみ一商品で事業を進行している。2005年に化成品メーカーオカモトと資本提携し、同社完全子会社になる。

2011年7月に創業来のコーポレートロゴマーク及び社名ロゴタイプを変更し、「イチジク浣腸 楽おし【第2類医薬品】」以外全製品の商品外観意匠と「イチジク浣腸」ロゴデザインを変更されている。

製品[編集]

  • イチジク浣腸(第2類医薬品)
    浣腸液の量により10(10グラム、0歳から5歳向け)、20(20グラム、6歳から11歳向け)、30(30グラム、12歳以上向け)、40(40グラム、12歳以上向け)の4タイプがある。
  • イチジク浣腸 Eシリーズ(第2類医薬品)
    浣腸液の量により30E(30グラム)と40E(40グラム)の2タイプがある。共に12歳以上向け。
    根本にジャバラが付いたロングノズルを採用。ノズルに角度を付けられるため在宅介護での使用に便利である、としている。容器はソフトタイプ。
  • イチジク浣腸ジャバラ(第2類医薬品)
    2013年9月発売。浣腸液の量は30グラム、12歳以上向け。
    微力でも押しつぶしやすく液残りが少ないジャバラ式容器を採用。容器は自立できるスタンドタイプ。
  • リセッチ(第2類医薬品)
    2012年3月発売。浣腸液の量は30グラム、12歳以上向け。
    キャッチコピーは「飲まない、便秘のお薬」。女性向けを意識したパッケージを採用。

スポンサー番組[編集]

過去

CM・その他[編集]

かつては着物姿の子供が、昔ながらの宿場町と思しき通りの家の玄関口近くで鞠をついているCMが放映されていた。ちなみにCMは鞠つきの数え歌「いちじくにんじんさんしょにしいたけ…」と続いてゆく歌を、社名からそのまま引用したものである。

その他1975年には、山下達郎がBGMを手がけたCMが制作され、放映されている。

他にも新聞広告で「イチジク浣腸と書かれていないものは、イチジク浣腸ではありません。」という念押しのようなコピーを載せたりもしていたことがある。

2012年に、「リセッチ」の広告に菜々緒を起用した。

大相撲では2015年5月場所より照ノ富士春雄の全取組に対し指定懸賞を懸けている。 これは同年3月場所11日目に照ノ富士が魁聖に敗れた際、下痢を起こしたがトイレに行けず、その影響で力が入らずに敗れたというエピソードを受けてのものである。同社ではかねてから特定の力士への指定懸賞を検討していたが、先述のエピソードを社員が新聞記事で知り、「おなかつながり」で照ノ富士への指定懸賞を決めたという。 同社による指定懸賞が始まった5月場所では13勝2敗で初の幕内最高優勝を果たし、場所後大関に昇進した[1]

脚注[編集]

  1. ^ “照ノ富士にイチジク浣腸の懸賞が懸かる理由”. 日刊スポーツ. (2016年11月26日). http://www.nikkansports.com/battle/column/sumo/news/1742791.html 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]