イスマーイール・パシャ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
イスマーイール・パシャ

イスマーイール・パシャ(Isma'il Pasha, 1830年12月31日 - 1895年3月2日)は、エジプトムハンマド・アリー朝の第5代君主(在位:1863年 - 1867年)。オスマン帝国のエジプト総督(ワーリー, 在任:1863年 - 1867年)であり、1879年から副王(ヘディーヴ、在位:1867年 - 1879年)であった。イブラーヒーム・パシャの次男で、ムハンマド・アリーの孫にあたる。

生涯[編集]

エジプトを近代化させる一方、多額の負債を抱えオスマン債務管理局の設置を許した。 在位中に述べた言葉として、「我が国はもはやアフリカではなく、ヨーロッパの一部である。我々が以前の方法を取り止め、社会的状況に適している新しい制度を採り入れることは、すなわち自然なことである。」というものがある。制度・技術は国益に適うものであったが、それらの採用に伴う国情流出と財政破綻はさすがに不本意であった。

1867年には、イスマーイールは綿花収入で得た巨額の富を使ってイスタンブールの政府に運動し、ペルシア語で「統治者」を意味する「ヘディーヴ」(副王)という称号を獲得する。

関連項目[編集]