イストラ (モスクワ州)

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座標: 北緯55度55分 東経36度52分 / 北緯55.917度 東経36.867度 / 55.917; 36.867

イストラの市章

イストラ(イーストラ、ロシア語: И́страラテン文字表記の例: Istra)は、ロシアモスクワ州西部にある都市。イストラ地区の中心都市である。人口は2007年時点で32,400人ほど。2002年国勢調査で33,652人。

モスクワ川の支流・イストラ川に沿う。首都モスクワの56キロメートル西に位置し、モスクワとリガを結ぶ鉄道や道路が通る。

歴史[編集]

ノヴォ・イェルサリムスキー修道院

1589年にヴォスクレセンスコエという村の名が記録に登場するが、1781年ヴォスクレセンスクВоскресе́нск)の名で市となり、郡の中心地となった。ソ連時代の1930年、市を流れるイストラ川にちなんでイストラと改名した。

独ソ戦モスクワの戦いでは、1941年の11月から12月にかけて短期間ドイツ軍に占領され、戦闘で町並みや旧跡は大損害を受けた。戦後にイストラは歴史に配慮した市街地再建を進めた。高電圧研究所[1]が建てられ、電力研究の中心地となっている。

文化[編集]

ノヴォイェルサリムスキー修道院

イストラの主な見所は、1656年モスクワ総主教ニーコンが建てたノヴォイェルサリムスキー修道院(「新エルサレム修道院」、ヴォスクレセンスキー修道院、Воскресенский Новоиерусалимский Mужской Mонастырь)である。十月革命後の1918年に閉鎖され、1920年以来、独ソ戦で破壊・略奪され閉鎖されていた時期を除いて、博物館として利用されてきたが、ソ連崩壊後の1990年代に修道院として再開した。17世紀の聖堂建築や宗教美術が残っている。

アントン・チェーホフは、兄弟のイヴァンがこの地で教師を務めていたこともあり、しばしばイストラとその周辺で執筆を行い、その旧宅もイストラにあった。

産業・交通[編集]

電力や軍事関係の大きな研究機関があるほかは、大きな産業はイストラにはなく、食品工業や家具製造業、繊維業などがいくつかあるのみである。周囲は農村地帯となっている。また、修道院を中心とする観光業が大きな役割を占めている。

イストラにはM9幹線道路が通るほか、モスクワからリガに向かう鉄道も通る。

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]