イクパスイ

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杉山寿栄男が収集したイクパスイ
1930年に行われたイオマンテの様子。膳の上の椀に載せられたへら状の物がイクパスイ
19世紀末期、アメリカ人画家に描かれたカムイノミの様子。椀の酒をイクパスイにひたすことで神にささげる

イクパスイ(Iku-pasuy)は、アイヌ民族が儀式で使用する木製の祭具で、カムイに酒などの供物をささげる際、人と神の仲立ちをする役割を果たすものとされた。アイヌ語でIku が「酒を飲む」、pasuyは「箸」を意味する[1]。日本語では「捧酒箸」と翻訳される。なお、漢字を間違えやすいが「棒」酒箸ではなく「捧」酒箸である。

特徴・用途[編集]

約30センチメートルほどの木の棒を平らに削って作る。よくもちいられるのはカツラハンノキミズナラなどである。通常は表面に彫刻した飾りがほどこされ、一端は尖っている。その先を酒につけて酒の滴を火やイナウに振りかけて祈祷する。尖端の裏側には矢尻のような形が刻まれる。この形はパルンベ()と呼ばれる[2]。さらに裏面には持ち主をあらわす印である「アイシロシ」が刻まれ、表面には父系の祖印をあらわす家紋「イトゥクパ」が刻まれる。

イクパスイはかつて「ひげベラ」と訳されることがあったが、それは左手で杯を持ち右手でイクパスイを持って酒を飲む際に、酒の中に髭が入らないようにおさえる役割を果たしていたと推測したからである。しかし本来のイクパスイの役割は神々に献酒し人々の願いを伝えることにある[2]。アイヌ民族は、イナウと同じようにイクパスイも魂(ラマッ)を帯びており、神々への願い事を伝えてくれる使者であると考えていた。カムイノミ(神事)の折はトノトどぶろく)を満たした椀の上にイクパスイを渡して祈り、イクパスイの先に酒を浸して神に捧げる。イクパスイを介することで人間の言葉が神に正確に届けられ、酒などの供物は何百倍にもなって届けられるとされた。イクパスイは畏敬をもって扱われ、特に父系のイトゥクパが刻まれたものは家に一つしかなく、狩猟の旅に出る時は必ず身につけることになっていた[3]

装飾・文様[編集]

イクパスイの装飾としては彫刻や漆のほか、金属プレート・リボンなどの材料を使用する場合もある。イタリアの人類学者であるフォスコ・マライーニはこれらの装飾を

  1. 説明が不要で、意味が明らかである動物や植物や物の形を描写したもの
  2. 単純化された動物の形に由来する象徴と印
  3. これらの象徴と描写から変遷してきた装飾文様
  4. 実際の幾何学紋様

の4種に分類し、1から4へと順を追って抽象化されたと考えた[4]

参考文献[編集]

  • ニール・ゴードン・マンロー『アイヌの信仰とその儀式』(2002年、国書刊行会)
  • フォスコ・マライーニ『アイヌのイクパスイ』(1994年、アイヌ民族博物館)
  • 杉山寿栄男『北の工芸』(1975年、北海道出版企画センター)

脚注[編集]

  1. ^ 萱野茂 『萱野茂のアイヌ語辞典』 三省堂、2002年、50p。
  2. ^ a b N.G.マンロー 『アイヌの信仰とその儀式』 国書刊行会、2002年、52p。
  3. ^ N.G.マンロー 『アイヌの信仰とその儀式』 国書刊行会、2002年、53p。
  4. ^ F・マライニ 『アイヌのイクパスイ』 アイヌ民族博物館、1994年、52p。

外部リンク[編集]