イギリスにおける権限委譲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Royal Coat of Arms of the United Kingdom (HM Government).svg
この記事は
イギリスの政治と政府
に関する記事群の一部である。
ポータルアイコン イギリスポータル

イギリスにおける権限委譲スコットランド・ゲール語: fèin-riaghlaidh, ウェールズ語: datganoli; アイルランド語: Dílárú)とは、イギリスにおいて、法律によってスコットランドウェールズ北アイルランドの各カントリーグレーター・ロンドンに対して国家の権限を委譲することを指す。

具体的には、立法権限の一部がイギリス議会からスコットランド議会ウェールズ議会北アイルランド議会ロンドン議会に、行政権限の一部がスコットランド政府ウェールズ政府英語版北アイルランド執行部: Northern Ireland Executiveグレーター・ロンドン・オーソリティーに対して委譲されている。

権限委譲は委譲された権限が最終的には国家にとどまるという点で連邦制とは異なっており、権限委譲を定めた法律はほかの法律と同じように廃止や改正が行われることから国家形態としては単一国家のままである。

アイルランド自治問題[編集]

現在の権限委譲とは異なるが、アイルランド自治問題英語版はその前史のようなものにあたる。

19世紀末から20世紀初頭にかけてのイギリス政治においてアイルランド自治問題は極めて大きな問題となっていた。19世紀前半には、ダニエル・オコンネルらアイルランドの政治家たちが1800年連合法の廃止と従前の体制(別々の王国でそれぞれの議会を持ち、国王の個人的連合という形でのみ結びつく)への復帰を求めていた。これに対し、イギリスの中にとどまりつつも独自の議会をもって自治権を得ようとする動きもあり、チャールズ・スチュアート・パーネルアイザック・バット英語版ウィリアム・ショー英語版ら率いるアイルランド議会党英語版によって最初の提案が行われた。

1886年から1920年まで34年の年月の間、合計4つのアイルランド自治法案がイギリス議会に提出されている。

北アイルランド[編集]

北アイルランドの位置

1920年アイルランド統治法の下、1921年から北アイルランドの自治が開始されたが、前述のように北アイルランド問題の激化と社会の不安定化によって、1972年3月30日をもって北アイルランド議会Parliament of Northern Ireland)は閉会となった。

1973年7月19日に国王裁可を受けた1973年アイルランド憲法法英語版により北アイルランド議会(Parliament~)は廃止された。同じ年の6月28日には新たな北アイルランド議会(Northern Ireland Assembly (1973))が設置されており、翌1974年1月1日にはサニングデール合意英語版に基づき、行政権の分権を受けるアイルランド執行部(Northern Ireland Executive (1974))も創設された。しかし、この体制はアルスター労働者評議会ストライキ英語版の影響により、1974年5月28日には早くも崩壊してしまった。

1975年~1976年の北アイルランド制憲議会(Northern Ireland Constitutional Convention)、1982年~1986年の第2次北アイルランド議会(Northern Ireland Assembly (1982))と自治に向けた試みは失敗したが、その間イギリスとアイルランドの両政府は1985年11月15日に1985年英愛合意英語版を締結し、北アイルランド問題の解決に向けて協力し合うことに合意した。1994年と1997年には、IRA暫定派の停戦によって自治に向けたさらなる前進が見られた。[1]

1998年のベルファスト合意により、新たな北アイルランド議会(Northern Ireland Assembly・現行)が創設され、ナショナリスト英語版(アイルランドへの統合)とユニオニスト英語版(イギリスへの残留)双方の協力によって北アイルランドの自治が進められることになった。[2] 北アイルランドの自治は北アイルランド執行部英語版とアイルランド政府英語版の協力が前提となっており、このために南北大臣委員会英語版が創設されたほか、ブリテン諸島全体を管轄する英愛委員会英語版と英愛政府間会議英語版が設置されている。

北アイルランド和平交渉英語版の決裂によって2002年10月15日から自治が中断されたが、2006年10月13日にイギリス・アイルランド両政府は自治の復活への道のりを定めたセント・アンドルース合意英語版を発表し、2007年5月8日に再開した。[3][4] 2010年4月12日には警察や司法に関する権限のいくつかが北アイルランドに移譲されている。

ベルファスト合意後3期目にあたる2007年~2011年の議会は2011年3月24日に解散し、合意以来初の満期を迎えた。[5] 4期目は同年5月、5期目は2016年5月に開会しており[6]、定数を縮小したのちに翌2017年5月に6期目の議会が開会している。

スコットランド[編集]

スコットランドの位置

1707年連合法によるスコットランド王国議会: Parliament of Scotlandの閉会以降、スコットランドには自治権がなくロンドン・ウェストミンスターの政府・議会によって統治が行われていた。議会の復活を求める運動は19世紀にアイルランド自治運動の影響を受けて広がり、1853年には統一党英語版保守統一党系)に近い立場でアイルランドだけでなくスコットランドにも目を向けることを求めるスコットランド自治権擁護協会英語版が設立された。1871年に当時のグラッドストン首相はアバディーンでの会合でアイルランドに自治権が与えられるようになるならばスコットランドにも自治が適用されるべきであると述べており、1913年にはスコットランド自治法案が提出されたものの第一次世界大戦の勃発によって審議が中断されている。

1920年代にはナショナリスト団体がいくつかつくられている。1920年にはスコットランドの独立を目指すスコットランド国民同盟(Scots National League)が設立、1928年にスコットランド国家党(National Party of Scotland)に引き継がれ、1934年に現行のスコットランド国民党(Scottish National Party)が創設された。創設当初の国民党は権限を委譲されたスコットランド議会の設置を求めるにとどまっていたが、1942年に独立を求めて方針を転換した。これを受け、ジョン・マッコーミック英語版は国民党を離脱し、スコットランド盟約協会英語版を設立した。この協会は左右を問わず支持を受け、1940年代後半から1950年代前半にかけて200万筆以上の署名を集めるなどスコットランド議会創設に向けた運動に大きな役割を果たしたが、既存政党とのつながりがなかったゆえに機運を高める以上のことはできなかった。

1969年に労働党ウィルソン政権によって設置された王立国体審議会英語版は、1973年に保守党ヒース政権に対してスコットランド議会の設立を勧める答申を行ったが、実行はされなかった。

1974年10月の総選挙では、スコットランドにおける国民党への支持が30%に達し、11人の議員が国民党から当選した。1978年には労働党政権の下、住民投票によって賛成が得られればスコットランド議会の設置を認めるとした1978年スコットランド法英語版が成立した。しかし、与党労働党内においても分権への賛否は割れており、ジョージ・カニンガム英語版によって提案された修正で有権者の40%以上の賛成が条件に加えられた。成立後に行われた住民投票英語版では、僅差によって賛成が上回ったものの有権者の40%に達することはできず、設置は見送られた。1979年から18年間にわたる保守党政権(マーガレット・サッチャージョン・メージャー)では、スコットランドやウェールズへの分権は強い反対にあった。

保守党政権に対抗して、1989年には労働党、自由民主党、スコットランド緑の党英語版や地方自治体英語版、スコットランド労働組合評議会英語版、小規模企業連合会、スコットランド国教会などを中心として、スコットランド憲法会議英語版が設立された。会議の目的は権限委譲の案を作成することであり、1995年に最終報告書を発行した。

1997年5月には、スコットランドの自治機関の創設を公約に掲げた労働党のトニー・ブレアが政権につき、同年9月の住民投票英語版では賛成が上回った。1998年スコットランド法によって創設されたスコットランド議会は、イギリス政府・国会に留保すると定められたもの(外交・国防など)を除くすべての分野について立法権を持つ。

スコットランドへの権限委譲は行政をスコットランドの人々に寄り添ったものにするためとされる。スコットランドにおいては少数派である保守党政権が続いたことがウェストミンスターの議会を遠いものにしたといわれていたほか、実際にも人口の少なさゆえにスコットランド選出の庶民院議員は1997年総選挙時点で649人中72人(約11%)にとどまっており、声が反映されにくい構図がある。

2014年9月18日にはスコットランドの独立を問う住民投票が行われ、賛成44.7%反対55.3%で否決された。

2015年総選挙では、スコットランド国民党がスコットランドにおいて50%の票を獲得し、議席についてはスコットランドに割り当てられた59議席中56議席を占めた。これによって国民党は自由民主党を抜いて議会第3党となった。

2016年のスコットランド議会選挙では、国民党は過半数に2席足りない63議席を獲得したが、政権は維持した。保守党は31議席を獲得し、初の第2党にのぼり、労働党は38議席から24議席に転落した。スコットランド緑の党は5議席を維持した自由民主党を抜き、6議席を得た。

2016年のEU離脱に関する住民投票では、スコットランドとウェールズが残留を選んだ一方、イングランドとウェールズは離脱を選び、全体としては52%で離脱票が上回った。これを受け、スコットランド議会はイギリスのEU離脱の条件が決まり次第2回目の独立住民投票を行うことを求める決議を出したが、イギリス政府は離脱交渉に集中するためとして応じていない。

ウェールズ[編集]

ウェールズの位置
ウェールズ議会の議事堂であるセネッド(Senedd

1535年・1542年ウェールズにおける法律法英語版以降、ウェールズイングランドと同じものとして扱われてきた。しかし、19世紀後半から20世紀前半にかけてウェールズ独自の政体の創設が考えられるようになり、1881年には統合以来初のウェールズ限定の法律である1881年ウェールズ日曜閉店法英語版が制定された。1896年には1889年ウェールズ初等教育法によって設置された小学校(グラマー・スクール)の監査のためにウェールズ中央庁(Central Welsh Board)が創設され、1907年には教育庁(Board of Education)にウェールズ部が設置された。農業分野では1912年にウェールズ農業委員会が設置され、1919年からは農漁業省英語版にウェールズ局が置かれるようになった。

カムリ・ヴィッド(Cymru Fydd・「若いウェールズ」の意)英語版などの政治運動は失敗したものの、ウェールズ・エイステッドフォッド委員会英語版(1861年)、ウェールズ大学(1893年)、ウェールズ国立図書館英語版(1911年)、ウェルシュ・ガーズ(近衛兵部隊)英語版(1915年)などの機関が設立された。1914年ウェールズ教会法では、イングランド国教会がウェールズにおける国教の地位を失い、ウェールズ聖公会が設立された。また、1925年にはウェールズの地域政党であるプライド・カムリが設立されている。

1949年にはウェールズ・モンマスシャー委員会英語版(モンマスシャーは本来ウェールズの一部であるが、統合から1974年までの間ウェールズでなくイングランドの一部とみなされることがあった。詳しくはMonmouthshire (historic)#Ambiguity over statusを参照のこと)が設立された。この委員会は「ウェールズの人々が政府の方針によって受ける影響を政府が十分に把握する」ことを目的とし、ウェールズの地方自治体、ウェールズ大学、ウェールズ・エイステッドフォッド委員会、ウェールズ観光機構英語版によって推薦された27人の委員で構成されていた。1950年代前半には、労働党(特にウェールズ語話者の多い地域から)、自由民主党、プライド・カムリによって構成された超党派のウェールズ議会運動が始まり、1951年にウェールズ担当大臣(Minister of Welsh Affairs)が置かれた。1964年にはウェールズ・モンマスシャー委員会に代わってウェールズ担当国務大臣(Secretary of State for Wales)とウェールズ省(Welsh Office)が設置された。

労働党がウェールズ独自の政体の創設を強く推進するようになったのは1966年のカーマーゼン補欠選挙英語版でプライド・カムリ党首のグウェンフォー・エヴァンス英語版が当選したことが大きなきっかけであるとされる。

地域政党であるプライド・カムリスコットランド国民党の台頭を受け、労働党のハロルド・ウィルソン政権は1969年に王立国体審議会英語版を設置し、権限委譲問題に関する調査を行った。1974年にふたたび政権を取ったウィルソンはスコットランド同様にウェールズに対しても議会の創設を提案したが、1979年に行われた住民投票英語版で賛成243,048票反対956,330票で否決された。

1997年5月にはウェールズ議会の創設を掲げた労働党のトニー・ブレアが首相につき、同年9月の住民投票英語版では0.6%差で可決された。1998年ウェールズ統治法により、ウェールズにおける政府予算の使い道を決める権限を持つウェールズ議会(National Assembly for Wales)が誕生し、2006年ウェールズ統治法英語版ではウェールズ議会に対して立法権の一部を委譲するとともに行政機関であるウェールズ政府: Welsh Governmentがつくられた。

1997年の住民投票では賛成は反対をわずかに上回っていただけであり、イングランドに接するすべての郡とカーディフペンブルックシャーでは反対が多数派であった。しかし、近年の世論調査では権限委譲の拡大への支持が高まっていることが観察でき、課税権の委譲への支持は半分を超えている。

2011年3月に行われた権限委譲拡大の是非を問う住民投票英語版では、1つを除くすべての選挙区(全体で22選挙区)で賛成が上回り、投票率は35.4%、賛成517,132票(63.49%)反対297,380票(36.51%)であった。

この結果を受け、2011年10月に設置されたウェールズ権限委譲審議会英語版は翌2012年11月に財政権の移譲に関する報告書を、2014年3月には立法権のさらなる委譲に関する報告書を発行した。前者の内容は2014年ウェールズ法英語版の基礎となっており、また、後者の提言の多くが2017年ウェールズ法英語版に反映されている。

2020年5月にはウェールズ議会の名称が「National Assembly for Wales(ウェールズ語: Cynulliad Cenedlaethol Cymru)」から「Welsh Parliament(ウェールズ語: Senedd Cymru)」に変更される予定である。[7]

イングランド[編集]

イングランドのリージョン(2009年時点) なお、リージョンそのものには政治上の権力はない。

イングランドはイギリスの4つのカントリーの中で唯一権限委譲を受けた議会を持っておらず、イングランドに関する事柄は全てウェストミンスターのイギリス議会で決定される。

イングランドでの権限委譲の提言は、1912年に当時庶民院議員だったウィンストン・チャーチルダンディーで行ったスピーチの中で、アイルランド自治問題に関連して触れたのが始まりである。チャーチルはイングランドの統治はランカシャー、ヨークシャー、ミッドランズ、ロンドンなどの地域ごとにおかれた議会(Parliament)に分けて行われるべきだとし、連邦制の導入を提言した。[8][9]

イングランドの州や地方への分割は第二次世界大戦後におかれた複数の王立審議会英語版で検討されている。1969年のレッドクリフ・モード報告書英語版ではイングランドを8つの州(Province)に分け、それぞれに中央政府から権限を委譲することが提案された。1973年には王立国体審議会英語版においてイングランドに推薦によって選ばれた8つの会議(Assembly)を創設し、政府への助言を行うことが提案された。この報告書では立法権の移譲に関しては触れられなかったが、少数の委員はこれに対してスコットランド、ウェールズ、とイングランドの5つの地方(Region)に選挙でえらばれる議会(Assembly)を作り、立法権を委譲することを提案した。[10]

1994年4月、第2次ジョン・メージャー内閣はイングランドを10の地方(Region)に分け、それぞれに各省庁の出先機関を統合した政府地方局(Government Office)を置いた。[11] また、1998年にはトニー・ブレア内閣の下、各地方に地方開発局(Regional Development Agency)を置き、その運営方針の策定を行うために8つ(マージーサイドは1998年にノース・ウェストに統合されており、また、ロンドンは別の枠組みを採った(後述)。)の地方会議(Regional Assembly・別名Chamber)が創設された。この地方会議は公選制ではなく、自治体やその地域の機関からの推薦者で成り立っていた。これらの地方会議は2008年から2010年の間に廃止された。

1998年のスコットランド、ウェールズ、北アイルランドへの権限委譲ののち、政府はイングランドに対しても同じように分権を行うことを提案した。[12] 1998年に行われた住民投票英語版を受け、ロンドンにおいては公選制のグレーター・ロンドン・オーソリティー市長議員25人で構成)が行政を担うことになった。他の地方に関しても同様の制度を設けることが検討され、3つの地域で住民投票の実施が決まっていたものの、2004年にノース・イースト・イングランドで行われた住民投票英語版で反対が78%と大幅に上回ったことから取りやめとなっている。権限委譲の動きは止まり、地方会議も廃止となっているが、今なおリージョンは国の行政においては使用され続けている。[13]

他のカントリー同様権限移譲を受けたイングランド議会英語版を創設する運動も行われている。これはイングランド民主党英語版、イングランド議会運動英語版といったイングランドの政党のほか、権限委譲のさらなる拡大と最終的な独立を目的とするスコットランド国民党プライド・カムリにも支持されている。イングランド議会が存在しない状況において、イングランドはイギリスの政府および議会によって統治されており、「ウェスト・ロージアン問題英語版」の原因となっている。これは権限委譲が行われている分野について、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド選出の議員がイングランドのみに適用される法律の審議にも関わることになってしまうという問題である。特にスコットランドの独立を問う住民投票が行われた2014年以降、4つのカントリーがそれぞれ平等な立法機関を持つ連邦制の導入英語版に関する議論が盛んになっている。[14]

スコットランド及びウェールズへの権限移譲後5年間はイングランド議会の創設に対する関心は低く、支持率は16~19%であった。[15] 2007年に行われた世論調査では61%の住民が賛成であるという結果が出たのに対し[16]、イギリス社会問題調査英語版では2007年に17%、2010年に29%にとどまっているが、上昇傾向にあるのは事実であるようだ。[17] 政治学者のジョン・カーティス英語版はイングランド議会設置の支持率増は「大衆の中に現れ始めているイングランド国家主義」の表れであるかもしれないと論じている。[18] それに対してクリシャン・クーマー(Krishan Kumar)は、調査の実施時期や質問の文言にも左右されるが、イングランド議会創設よりもイングランドのみに適用される法律をイングランド選出の議員だけで決める制度の創設の方が一般的に高い支持を得ていると指摘している。[19]

2011年9月には、イギリス政府がウェスト・ロージアン問題の調査のため、審議会を設置することが発表された。[20] 翌2012年1月には、審議会の名称が「権限委譲の結果に関する庶民院審議会」英語版となること、元庶民院事務総長英語版のサー・ウィリアム・マッケイ英語版を長とし、権限移譲を受けた3つのカントリーからそれぞれ1人ずつの委員を含む6人で構成されることが発表され、2013年3月に答申した。[21]

イングランドの法律はイングランドの票で[編集]

2015年10月22日、4時間の白熱した議論ののちに庶民院は312対270で「イングランドの法律はイングランドの票で(English votes for English laws)」と呼ばれる仕組みの導入を決定した。労働党と自由民主党によって提案された修正案は否決され、スコットランド国民党はスコットランド選出の議員を「2級市民」に貶めるとして反対した。[22]

新制度の下、庶民院議長英語版が法案や政令案がイングランドのみ、イングランド・ウェールズのみ、イングランド・ウェールズ・北アイルランドのみのいずれかを対象と判断した場合には、第二読会以降該当する立法大委員会英語版(対象となるカントリー選出の議員全員が所属する)において審議や採決が行われる。現在この制度は試行期間中であり、ウェスト・ロージアン問題の解決につながるか注視されている。[23]

グレーター・ロンドン[編集]

イングランド内における地方への権限委譲は現在はロンドンに対してのみ行われている。ロンドンでは公選制のロンドン市長ロンドン議会(定数25人)が置かれ、グレーター・ロンドン・オーソリティーを構成して他の地方自治体より大きな権限を持って行政を担っている。なお、立法権は持たない。

コーンウォール[編集]

イングランド南西端に位置するコーンウォールでは権限移譲を求める動き英語版が存在しており、自由民主党、メビオン・ケルノウ(Mebyon Kernow・コーンウォールの地域政党)、プライド・カムリ、イングランド・ウェールズ緑の党などが立法権を持ったコーンウォール議会英語版の創設を政策に掲げている。[24][25] 2001年にはコーンウォール議会の創設を目的として、コーンウォール憲法会議が設立されている。

2001年12月12日にはコーンウォール憲法会議とメビオン・ケルノウが首相宛てにコーンウォールへの権限委譲を求める署名5万筆を提出した。[26][27] これはコーンウォールの有権者の約10%にあたり、政府が住民投票の条件として挙げていた数字でもあったが、無視された。[28] 2007年12月には、コーンウォール・カウンシル英語版の長であったデイヴィッド・ウェイリーが「コーンウォール議会の創設はどこか避けられないところがある」と述べている。[29]

2014年11月にエクセター大学のために世論調査会社のサーベーション英語版が実施した調査では、コーンウォールへの権限委譲については賛成60%反対19%、コーンウォール議会の創設については賛成49%反対31%という数字が出ている。[30](英語版)

2015年1月には当時の「影の財務大臣」英語版及び影の内閣を参照)エド・ボールズ英語版がコーンウォール大学英語版への訪問中、労働党が政権を取った場合コーンウォール議会の創設を行うと述べた。これは2010年まで与党であり、2008年~2009年コーンウォール統治法案に反対した労働党にとって方針の大きな転換である。[31]

ヨークシャー[編集]

ヨークシャー権限委譲運動はヨークシャーに公選制かつ他の地域に劣らない権限の移譲を受けた議会の創設を求める超党派グループである。[32]

ヨークシャー島はヨークシャーに対する権限委譲の実施を求める政党であり、2019年欧州議会議員選挙では、ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー選挙区英語版において投票総数の4%にあたる50,842票を獲得した。[33]

ヨークシャーの人口はスコットランドに匹敵する540万人であり、経済規模はウェールズの2倍にあたる。権限委譲派の論はヨークシャーを共通の特徴を持った住民が住む一つの文化的地域あるいはイングランドとは別個の国であるとする。[34]

イングランド北部[編集]

イングランド北部(リージョン3つ(ノース・イーストノース・ウェストヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー)・歴史的カウンティ英語版6つ)にはイングランド北部として課税権を持ち、経済・教育・保健・警察・消防・救急などの政策分野を管轄する政府の創設を求める運動が存在する。[35][36] 2004年には、ノース・イースト・イングランドで権限委譲の是非を問う住民投票英語版が行われたが22%対78%で否決された。また、2015年には地域政党であるノーザン党英語版が設立されたが翌2016年に解散している。[37][38]

王室属領[編集]

チャンネル諸島ジャージー・ガーンジー)
マン島

王室属領はあくまで国王が海外に持つ領土という位置づけであり、イギリスの一部ではない。このことから王室属領の立法権や行政権は権限「委譲」されたものではないが、20世紀後半以降、イギリスと王室属領の関係に変化が起きていることは事実である。

王室属領イギリス国王の所有物であり、イギリスの海外領土植民地とは扱いが異なる。王室属領は英仏海峡チャンネル諸島にあるジャージー代官管轄区ガーンジー代官管轄区アイリッシュ海のマン島からなる。[39]

数百年前から各王室属領はそれぞれ別個の立法・行政・司法システムを持っており、現在もそれは変わらない。ただし、イギリス国王の所有物であることから王室属領は主権国家ではなく、イギリス政府がその統治に最終的な責任を負うとともに国際法上の代表である。イギリス国会において定められた法案は通常王室属領の許可をもってのみ適用される。[40] また、各王室属領は英愛委員会英語版に代表者を派遣している。

イギリス政府と王室属領の関係はイギリス政府の役職である大法官の管轄である。王室属領の法令は全て枢密院における女王の裁可を経なければならず、大法官が枢密院に対して法令を提案する任務を負うとともにそれをしない権限も持っている。

2007年から2008年にかけて、各王室属領はイギリス政府との間で国際的地位の確立に向けた枠組みを定めた合意を締結した。合意の主な内容は以下の通りである。[41]

  • イギリス政府は王室属領において/ついて民主主義に関する説明責任を負わない。
  • イギリス政府は事前の相談なく王室属領を国際的に代表しない。
  • 各王室属領はイギリスとは別個の国際的な地位を持つ。
  • イギリスは各王室属領の国際的な地位の発展を支援する。
  • イギリスは各王室属領の利害がイギリスのそれとは異なる場合があることを認識し、国際社会において代表するときには異なる利害をも代表するよう努力する。
  • イギリスと各王室属領はそれぞれの利害の相違の解消や明確化のため協働する。

ジャージーはほかの2つの王室属領と比べイギリスからの自立の度合いが大きい。2005年ジャージー議会法の前文では、「ジャージーが内政に関して独立した権限を持って」おり、「ジャージーが国際社会に参画していくことが求められていることが認識されている」と書かれている。[42] 2005年7月には、ジャージー議会英語版の政策資源委員会が「女王を元首としつつイギリスからの独立などの国体の変革を行うことの利点・欠点について調査・評価するため」としてサー・フィリップ・ベイルハッシュ英語版を長とする国体調査グループを設け、2008年6月には第2中間報告が出された。[43] 2011年にはジャージーの大臣委員会英語版(内閣に相当)の1人が初めて対外関係を職務として与えられ、外務大臣と通称されるようになっている。[44][45] このような流れが存在している一方で、独立への機運は決して高いとは言えない。[46][47] 2012年10月には大臣委員会が既存の合意などに沿って対外関係を築いていくための基本方針を定めた「対外関係に関する共通方針」を発表したが、この中でジャージーは「自治権を持った民主的な国で自己決定権を有」し、「政府の方針イギリスからの独立を目指すことではなく、それが島民の利益になるとなった場合にそれを可能にしておくことである」としている。[48] 大臣委員会は既存の方針に基づき、「イギリスや欧州連合との関係に影響を与えうる外的変化に備える」と決定したのである。

独立の可能性についての議論があるのはガーンジーも同様である。[49][50] しかし、2009年には正式なグループがミニ国家になることは望ましいとは言えないという仮の結論を出しており、首席大臣も独立を支持していない。[51][52]


2010年にはジャージーとガーンジーの政府はEUの政策決定者に対してチャンネル諸島の2王室属領の立場を代表するため、共同でブリュッセルにヨーロッパ問題理事(director of European affairs)を置いた。[53]

また、2010年以降各王室属領の副総督(Lieutenant Governor・国王の代理を務める)の選任方法がイギリスの内閣の推薦から各王室属領が設ける選考委員会の推薦に変更された。(国王が任命するという形式は変わらない。)[54][55]

委譲された権限[編集]

スコットランド、ウェールズ、北アイルランドに認められた立法・行政・予算の権限の範囲はそれぞれ異なっている。[56] 以下の表は委譲された権限の分野とその度合いを示すものである。

スコットランド ウェールズ 北アイルランド
司法システム 専属 専属
民事法 専属 専属
刑事法 共有 専属
自動車登録 専属
地方自治体 専属 専属 専属
選挙 共有 共有
住民登録 専属 専属
警察 専属 専属
刑務所 専属 専属
消防 専属 専属 専属
福祉・保健
公的年金 共有 共有
年金・児童支援 他地域と同等水準[57]
保健 専属 専属 専属
住宅・学生支援 専属 専属 専属
社会福祉 専属 専属 専属
食品安全基準 専属 専属 専属
経済・環境・交通
共有 共有 共有
都市計画 専属 専属 専属
環境 専属 専属 専属
住宅 専属 専属 専属
交通 共有 共有 共有
経済発展 専属 専属 専属
農林水産業 専属 専属 専属
文化・教育
文化・言語 専属 専属 専属
初等・中等教育 専属 専属 専属
高等・専門教育 専属 専属 専属
スポーツ・娯楽 専属 専属 専属
予算
独自財源(税) あり あり なし
政府交付(方法) バーネット式英語版 バーネット式 バーネット式
その他財源 自己負担(医療・教育) 自己負担(医療・教育) 自己負担(医療・教育)
資源 なし なし なし
支出に占める委譲分 63% 60% 50%

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ “IRA Ceasefire”. The Search for Peace (BBC). http://news.bbc.co.uk/hi/english/static/northern_ireland/understanding/events/ira_ceasefire.stm 2011年10月25日閲覧。 
  2. ^ Jackson, Alvin (2003) Home Rule, an Irish History 1800–2000, ISBN 0-7538-1767-5.
  3. ^ “March target date for devolution”, BBC News Online, (13 October 2006), http://news.bbc.co.uk/1/hi/northern_ireland/6046302.stm .
  4. ^ “Historic return for NI Assembly”. BBC. (2007年5月8日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6634373.stm 
  5. ^ “Ian Paisley retires as NI Assembly completes historical first full term”. BBC News. (2011年3月25日). https://www.bbc.co.uk/news/uk-12865791 
  6. ^ Report, NI Assembly, (12 May 2011), オリジナルの6 August 2011時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20110806154348/http://www.niassembly.gov.uk/record/reports2011/110512.htm 
  7. ^ “AMs back new bilingual name for Welsh Assembly” (英語). BBC News. (2019年10月9日). https://www.bbc.com/news/uk-wales-politics-49973487 2020年3月20日閲覧。 
  8. ^ “Local Parliaments For England. Mr. Churchill's Outline of a Federal System, Ten Or Twelve Legislatures”. The Times: p. 4. (1912年9月13日) 
  9. ^ “Mr. Winston Churchill's speech at Dundee”. The Spectator: 2. (14 September 1912). http://archive.spectator.co.uk/article/14th-september-1912/2/mr-winston-churchills-speech-at-dundee-on-wednesda 2014年9月20日閲覧。. 
  10. ^ Smith, David M.; Wistrich, Enid (2014). Devolution and localism in England. p. 6. ISBN 9781472430793. https://books.google.com/?id=8XV7BAAAQBAJ&pg=PA6#v=onepage&q&f=false 2014年9月22日閲覧。. 
  11. ^ Audretsch, David B.; Bonser, Charles F., eds (2002). Globalization and regionalization : challenges for public policy. Boston: Kluwer Academic Publishers. pp. 25–28. ISBN 9780792375524. https://books.google.com/books?id=7TNAi1XcdY8C&lpg=PA25&pg=PA25#v=onepage&q&f=false 2014年9月22日閲覧。. 
  12. ^ House of Commons Justice Committee (2009). Devolution : a decade on. London: TSO. pp. 62–63. ISBN 9780215530387. https://books.google.com/books?id=c0fe-byiFwEC&lpg=PA63&pg=PA62#v=onepage&q&f=false 2014年9月22日閲覧。. 
  13. ^ Jones, Bill; Norton, Philip, eds (2004). Politics UK. Routledge. p. 238. ISBN 9781317581031. https://books.google.com/?id=ybXcAwAAQBAJ&pg=PA238#v=onepage&q&f=false 2014年9月22日閲覧。. 
  14. ^ Williams, Shirley (2014年9月16日). “How Scotland could lead the way towards a federal UK”. The Guardian. https://www.theguardian.com/commentisfree/2014/sep/16/scotland-scottish-indpendence-referendum-federal-uk-england-wales 2014年9月20日閲覧。 
  15. ^ Hazell, Robert (2006). “The English Question”. Publius 36 (1): 37–56. doi:10.1093/publius/pjj012. 
  16. ^ Carrell, Severin (2007年1月16日). “Poll shows support for English parliament”. The Guardian (London). https://www.theguardian.com/politics/2007/jan/16/uk.houseofcommons1 2011年2月9日閲覧。 
  17. ^ Ormston (2010年12月). “Resentment or contentment? Attitudes towards the Union ten years on”. National Centre for Social Research. 2011年2月9日閲覧。
  18. ^ Curtice (2010年2月). “Is an English backlash emerging? Reactions to devolution ten years on”. Institute for Public Policy Research. p. 3. 2011年2月9日閲覧。
  19. ^ Kumar, Krishan (2010). “Negotiating English identity: Englishness, Britishness and the future of the United Kingdom”. Nations and Nationalism 16 (3): 469–487. doi:10.1111/j.1469-8129.2010.00442.x. 
  20. ^ “Answer sought to the West Lothian question”. BBC News Scotland. (2011年9月8日). https://www.bbc.co.uk/news/uk-scotland-14831619 2011年9月8日閲覧。 
  21. '^ BBC News, England-only laws 'need majority from English MPs , 25 March 2013. Retrieved 25 March 2013
  22. ^ Sheehy (2015年10月22日). “Scottish MPs denounce Bill regarding devolution powers.”. The Independent. 2020年3月25日閲覧。
  23. ^ James (2015年10月22日). “English Votes For English Laws”. The BBC. 2020年3月25日閲覧。
  24. ^ Demianyk, Graham (10 March 2014), “Liberal Democrats vote for Cornish Assembly”, Western Morning News, オリジナルの7 April 2014時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20140407090513/http://www.westernmorningnews.co.uk/Liberal-Democrats-vote-Cornish-Assembly/story-20789336-detail/story.html 2014年9月20日閲覧。 
  25. ^ Green Party of England and Wales (2 May 2014), Green Party leader reaffirms support for Cornish Assembly, http://greenparty.org.uk/news/2014/05/02/green-party-leader-reaffirms-support-for-cornish-assembly/ 2014年9月20日閲覧。 
  26. ^ Cornish Constitutional Convention. “The Cornish Constitutional Convention”. Cornishassembly.org. 2012年10月9日閲覧。
  27. ^ “11th December 2001– Government gets Cornish assembly call”. BBC News. (2001年12月11日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/1704112.stm 2012年10月9日閲覧。 
  28. ^ Great Britain: Parliament: House of Commons: ODPM: Housing, Planning, Local Government and the Regions Committee, Draft Regional Assemblies Bill, The Stationery Office, 2004.
  29. ^ Cornish Constitutional Convention. “Cornwall Council leader supports Cornish devolution”. Cornishassembly.org. 2012年10月9日閲覧。
  30. ^ Demianyk, G (2014年11月27日). “South West councils make devolution pitch as Scotland gets income tax powers”. Western Morning News. オリジナルの2014年12月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141205082817/http://www.westernmorningnews.co.uk/South-8203-West-makes-devolution-pitch-Scotland/story-24779602-detail/story.html#ixzz3KJdPgESt 2014年11月28日閲覧。 
  31. ^ “Labour's Devolution Pledge For Cornwall”. UKRD. Pirate FM. (2015年1月23日). http://www.piratefm.co.uk/news/latest-news/1509417/labours-devolution-pledge-for-cornwall/ 2015年1月23日閲覧。 
  32. ^ Kirby, Dean (2015年8月26日). “Campaigners want to ditch George Osborne's Yorkshire devolution plans and create Northern Powerhouse”. independent 
  33. ^ “Brexit Party take three of Yorkshire & Humber region's six seats while Tories and Ukip lose out”. ITV News. (2019年5月27日). https://www.itv.com/news/calendar/2019-05-27/brexit-party-take-three-of-yorkshire-humber-regions-six-seats-while-tories-and-ukip-lose-out/ 2019年5月27日閲覧。 
  34. ^ "Yorkshire could be ‘God’s Own Country’, says Leeds professor", Yorkshire Evening Post, 12 September 2014.
  35. ^ Blackhurst, Chris (2014年10月2日). “It's not because I'm sentimental about the North that I believe it needs devolved powers”. The Independent (Independent Print Ltd). https://www.independent.co.uk/voices/comment/its-not-because-im-sentimental-about-the-north-that-i-believe-it-needs-devolved-powers-9770978.html 
  36. ^ Staff writer (2014年10月6日). “Ex-MP pushes for northern parliament”. The Gazette (Johnston Press). http://www.blackpoolgazette.co.uk/news/community/community-news/ex-mp-pushes-for-northern-parliament-1-6879899 
  37. ^ Rosthorn, Andrew (2014年10月1日). “Campaign for the North wants the lost kingdom of Eric Bloodaxe”. Tribune. オリジナルの2016年3月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160306060910/http://www.tribunemagazine.org/2014/10/campaign-for-the-north-seeks-the-lost-kingdom-of-eric-bloodaxe/ 2016年2月28日閲覧。 
  38. ^ White, Steve (2014年10月1日). “Viking referendum demands a Northern state based on kingdom of Erik Bloodaxe”. Daily Mirror (Trinity Mirror). https://www.mirror.co.uk/news/uk-news/viking-referendum-demands-northern-state-4360115 
  39. ^ Crown Dependencies, 8th Report of 2009–10, HC 56-1”. House of Commons Justice Select Committee (2010年3月23日). 2020年3月25日閲覧。
  40. ^ In relation to Jersey, see Jersey law course”. Institute of Law Jersey. 2013年12月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年3月25日閲覧。
  41. ^ Framework for developing the international identity of Jersey (PDF). States of Jersey. Framework for developing the international identity of Guernsey (PDF). States of Guernsey. Framework for developing the international identity of the Isle of Man (PDF). Isle of Mann Government.
  42. ^ States of Jersey Law 2005. States of Jersey. オリジナルの23 May 2012時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120523212319/http://www.statesassembly.gov.je/SiteCollectionDocuments/States%20Assembly/States%20of%20Jersey%20Law%202005.pdf. 
  43. ^ Second Interim Report of the Constitution Review Group. States of Jersey. (27 June 2008). http://www.statesassembly.gov.je/AssemblyReports/2008/46527-24954-2762008.pdf. 
  44. ^ “Meet our new foreign minister”. Jersey Evening Post. (2011年1月14日). オリジナルの2011年1月17日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110117055756/http://www.thisisjersey.com/2011/01/14/meet-our-new-foreign-minister/ 
  45. ^ “Editorial: A new role of great importance”. Jersey Evening Post. (2011年1月17日). オリジナルの2011年1月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110122210938/http://www.thisisjersey.com/2011/01/17/a-new-role-of-great-importance/ 
  46. ^ “Editorial: Legal ideas of political importance”. Jersey Evening Post. (2010年9月21日). オリジナルの2011年7月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110702113346/http://www.thisisjersey.com/2010/09/21/legal-ideas-of-political-importance/ 
  47. ^ Sibcy, Andy (2010年9月17日). “Sovereignty or dependency on agenda at conference”. Jersey Evening Post. オリジナルの2011年7月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110702102302/http://www.thisisjersey.com/2010/09/17/sovereignty-or-dependency-on-agenda-at-conference/ 
  48. ^ Common policy for external relations”. States of Jersey. 2012年12月8日閲覧。
  49. ^ Ogier, Thom (2009年10月27日). “Independence—UK always willing to talk”. Guernsey Evening Press. オリジナルの2012年3月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120318202453/http://www.thisisguernsey.com/latest/2009/10/27/independence-%E2%80%93-uk-always-willing-to-talk/ 
  50. ^ Prouteaux, Juliet (2009年10月23日). “It IS time to loosen our ties with the UK”. Guernsey Evening Press. オリジナルの2009年10月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091028023039/http://www.thisisguernsey.com/2009/10/23/it-is-time-to-loosen-our-ties-with-the-uk/ 
  51. ^ Ogier, Thom (2009年10月13日). “Full independence would frighten away investors and firms”. Guernsey Evening Press. オリジナルの2009年10月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091020100648/http://www.thisisguernsey.com/2009/10/13/full-independence-would-frighten-away-investors-and-firms/ 
  52. ^ Tostevin, Simon (2008年7月9日). “Independence? Islanders don't want it, says Trott”. Guernsey Evening Press. オリジナルの2008年11月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20081122095808/http://www.thisisguernsey.com/2008/07/09/independence-islanders-dont-want-it-says-trott/ 
  53. ^ Staff writer (2011年1月27日). “Channel Islands' "man in Europe" appointed”. Jersey Evening Post. オリジナルの2011年2月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110202071130/http://www.thisisjersey.com/2011/01/27/channel-islands-man-in-europe-is-appointed/ 
  54. ^ Staff writer (2010年7月6日). “£105,000 – the tax-free reward for being a royal rep”. Jersey Evening Post. オリジナルの2011年8月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110816020322/http://www.thisisjersey.com/2010/07/06/105000-%E2%80%93-the-tax-free-reward-for-being-a-royal-rep/ 2013年7月29日閲覧。 
  55. ^ Ogier, Thom (2010年7月3日). “Guernsey will choose its next Lt-Governor”. Guernsey Evening Press. オリジナルの2011年8月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110813220348/http://www.thisisguernsey.com/2010/07/03/guernsey-will-choose-its-next-lt-governor/ 2013年7月29日閲覧。 
  56. ^ The current Welsh devolution settlement”. commissionondevolutioninwales. Commission on Devolution in Wales. 2016年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年3月25日閲覧。
  57. ^ Understanding "parity": departmental briefing paper. Northern Ireland Assembly. http://www.niassembly.gov.uk/Documents/Social-Dev/Urban-Regen/DSD_Briefing_Paper_parity.pdf.