イエルサレムのアイヒマン

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イェルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告』(Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil)はハンナ・アーレント1963年に雑誌『ザ・ニューヨーカー』に連載したアドルフ・アイヒマンの裁判記録。みすず書房に大久保和郎の翻訳がある。

概要[編集]

獄中のアイヒマン

アーレント自身が、1961年4月11日エルサレムで始まった公開裁判を欠かさず傍聴し彼の死刑が執行されるまでを記した記録。裁判の様子を描いただけではなく、ホロコーストの中心人物でありながらアルゼンチンで潜伏生活を送っていたアイヒマンの暮らしぶりとイスラエル諜報機関による強制連行の様子、更にはヨーロッパ各地域で如何なる方法でユダヤ人が国籍を剥奪され、収容所に集められ、殺害されたかを詳しく綴っている。

アーレントはこの本の中でイスラエルは裁判権を持っているのか、アルゼンチンの国家主権を無視してアイヒマンを連行したのは正しかったのか、裁判そのものに正当性はあったのかなどの疑問を投げ掛けた。その上で、アイヒマンを極悪人として描くのではなく極普通の小心者で取るに足らない役人に過ぎなかったと描き、寧ろユダヤ人でさえもユダヤ人ゲットーの評議会指導者の様にホロコーストへの責任を負うものさえいたとまで指摘した。こうした指摘の上で、以下の様に悪の陳腐性について論じている。

彼は愚かでではなかった。完全な無思想性―――これは愚かさとは決して同じではない―――、それが彼をあの時代の最大の犯罪者の一人にした素因だったのだ。このことが〈陳腐〉であり、それのみか滑稽であるとしても、またいかに努力してもアイヒマンから悪魔的な底の知れなさを引き出すことは不可能だとしても、これは決してありふれたことではない。

また、アーレントは国際法上に於ける「平和に対する罪」に明確な定義がないことを指摘し、ソ連によるカティンの森事件や、アメリカによる広島長崎への原爆投下が裁かれないことを批判している。

反響[編集]

発表されてすぐに『イェルサレムのアイヒマン』はユダヤ人やイスラエルのシオニスト達に激しく非難された。「自らを嫌うユダヤ人がアイヒマン寄りの本を出した」とか「ナチズムを擁護したのではないか」と言われた。彼女を裏切り者扱いするユダヤ人やシオニスト達に対しアーレントは、「アイヒマンを非難するしないはユダヤ的な歴史や伝統を継承し誇りに思うこととは違う。ユダヤ人である事に自信を持てない人に限って激しくアイヒマンを攻撃するものだ」と反論した。因みに、スタンフォード大学がこの本を参考にして1971年に監獄実験を行った(スタンフォード監獄実験)。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]