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イェスパー・ブロムクヴィスト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イェスパー・ブロムクヴィスト
ブロムクヴィスト(2005年12月)
名前
本名 Lars Jesper Blomqvist
ラテン文字 Jesper Blomqvist
基本情報
国籍  スウェーデン
生年月日 (1974-02-05) 1974年2月5日(52歳)
出身地 ウメオ
身長 176cm
選手情報
ポジション MF
利き足 左足
ユース
スウェーデンの旗 タヴェルショスウェーデン語版
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992-1993 スウェーデンの旗 ウメオ 38 (8)
1993-1996 スウェーデンの旗 ヨーテボリ 73 (18)
1996-1997 イタリアの旗 ミラン 20 (1)
1997-1998 イタリアの旗 パルマ 28 (1)
1998-2001 イングランドの旗 マンチェスター・U 25 (1)
2001-2002 イングランドの旗 エヴァートン 15 (1)
2002-2003 イングランドの旗 チャールトン 3 (0)
2003-2005 スウェーデンの旗 ユールゴーデン 9 (1)
2008 スウェーデンの旗 エンシェーピング 10 (1)
2010 スウェーデンの旗 ハンマルビー 6 (0)
代表歴2
1989-1990  スウェーデン U-16[1] 15 (0)
1990-1991  スウェーデン U-18[1] 12 (1)
1993-1995  スウェーデン U-23[1] 12 (3)
1994-2002  スウェーデン[1] 30 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2022年3月22日現在。
2. 2022年3月22日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

イェスパー・ブロムクヴィスト(Lars Jesper Blomqvist, スウェーデン語発音: [lɑːʂ ˈjɛ̌sːpɛr ˈblʊ̂mːkvɪst]1974年2月5日 - )は、スウェーデンの元プロサッカー選手。現役時代は主に左サイドのアタッカーとしてプレイした。

IFKヨーテボリに所属し、1993年から1996年にかけてアルスヴェンスカン4連覇を達成。マンチェスター・ユナイテッド所属時には、1999年にプレミアリーグFAカップUEFAチャンピオンズリーグの三冠を成し遂げたチームの一員であった。2003年、ユールゴーデンIFに移籍し母国に復帰。最後のリーグタイトルを獲得し、2005年に引退。しかし負傷者が相次いでいたことで、2008年にエンシェーピングSKスウェーデン語版で現役復帰。2009年12月から2010年11月までスーペルエッタンハンマルビーIFで選手兼アシスタントマネージャーを務め、再び現役を引退した。

スウェーデン代表として30試合に出場し、1994 FIFAワールドカップでは3位入賞に貢献した。

経歴

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クラブ

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スウェーデン

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1992年、タヴェルショAIKスウェーデン語版に所属していたブロムクヴィストは、設立されてから数年しか経っていなかったスウェーデン2部リーグのウメオFCと契約した。ウメオでの最初のシーズン、リーグ優勝に貢献し、クラブを1部リーグへと昇格させた[2][3]。その後、1993年9月11日にIFKヨーテボリと契約。そのシーズン、クラブのアルスヴェンスカン制覇に貢献した。1994年シーズンはリーグ戦24試合に出場し、8ゴールを記録。リーグ連覇となった[4]。さらに、スウェーデン代表ではワールドカップ準決勝進出に貢献し、チャンピオンズリーグでは予選リーグでマンチェスター・ユナイテッドに3-1で勝利した[5]。この試合での活躍はアレックス・ファーガソン監督の目に留まり、準々決勝進出の原動力ともなった。1995年、ヘルシンボリIF戦で挙げたペレのプレイの変形のようなゴールは、シーズンベストゴールに選出された[6]。ヨーテボリでの最後のシーズンでは、アルスヴェンスカンに初昇格した古巣のウメオとも対戦した。1996年、ブロムクヴィストはファン投票によって年間最優秀選手と年間最優秀ミッドフィールダーに選ばれた[6]。1996シーズン終了後、新たにセリエAチャンピオンとなったACミランに移籍した。

イタリア

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イタリアでの最初のシーズン、ミランはトロフィーを手にすることができず、ブロムクヴィストもしばしばベンチを温めた。そのようなシーズンを繰り返したくはないため、オールド・トラッフォードへ移籍することを諦めかけていた[7]。ミランはリーグ11位という失意の結果に終わり、欧州の主要大会への出場権を逃した。2月16日のボローニャ戦で挙げた得点がミランでの唯一のゴールとなったが、そのゴールは22年後にミランが公式Instagramで発表した「ボローニャ戦でのゴールベスト5」で2位に選出されている[8]。その後、ブロムクヴィストは1997年夏にリーグ準優勝のパルマACへ移籍した。新天地でのプレイを楽しみ、活躍したが、パルマはリーグ戦を6位で終え、チャンピオンズリーグノックアウトステージへ進むことはできなかった。このシーズン、スウェーデン人選手がリーグ戦で唯一記録したゴールは、スタディオ・サン・パオロナポリに4-0で勝利した試合でのものであった[9]

イングランド

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マンチェスター・ユナイテッドは、1998-99シーズンにライアン・ギグスのバックアッパーとしてブロムクヴィストを440万ポンドで獲得したが、これは先述のヨーテボリ時代の活躍によりファーガソンが獲得を試みてから3年後のことであった[10]。そのシーズン、多くの試合で活躍し、プレミアリーグ優勝に貢献。4-1で勝利したアウェイのエヴァートン戦では、マンチェスター・ユナイテッド在籍時では唯一のゴールを記録した[11]。決勝戦での出場機会はなかったものの、FAカップ優勝メンバーとしてメダルを授与された。しかし、チャンピオンズリーグ決勝バイエルン・ミュンヘン戦では、スターティングメンバーとして出場。テディ・シェリンガムと交代するまで相手ゴールに迫った。バイエルンに先制されたが、ユナイテッドが逆転し2-1で勝利した[12]

チャンピオンズリーグ決勝の直後に膝に深刻な怪我を負い、その後2シーズンはプレイすることができず、クラブは契約を更新しないことを決めた(その療養期間中、ブロムクヴィストはユナイテッドのTVチャネル「MUTV」で「クッキング・ウィズ・イェスパー」という自身の料理番組のプレゼンターを務めていた)。ファーガソンがエヴァートンのウォルター・スミス監督を説得し、グディソン・パークで2001年11月からシーズン終了までの短期契約を交わすまで、ブロムクヴィストはオールド・トラッフォードに残って週ごとの契約を続けた[13]。ブロムクヴィストは同胞のニクラス・アレクサンデションとともに両ウィングでプレイし、2002年1月のサンダーランド戦でエヴァートンでの初ゴールを挙げた[14]。しかし、膝の怪我は完治せず、2002年6月、新監督に就任したデイヴィッド・モイーズはブロムクヴィストが退団することを認めた。ミドルズブラでトライアルに参加したが、クラブの対応に「プロフェッショナルではない」と不満を持った[15]。代わりに、アラン・カービシュリーが監督を務めるチャールトン・アスレティックと契約に至った。しかしチャールトンでの稼働は短く、リーグ戦の出場はわずか3試合で、イングランドでの5シーズンは怪我に悩まされていた。

スウェーデン復帰

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再び怪我に苦しんだブロムクヴィストは、チャールトンでわずか4試合に出場した後、母国スウェーデンへと戻り、ユールゴーデンと短期契約を交わした[16]。これがヨーテボリのファンからの不評を買い、「ユダ」と呼ばれることもあった。彼らはブロムクヴィストがユールゴーデンへの入団を決めたことを裏切りであると考えた[17]。ブロムクヴィストは、スウェーデンのリーグチャンピオンとなるためにプレイした。しかし怪我の影響で、リーグ戦は9試合の出場にとどまった。マンチェスター・ユナイテッド在籍時と同じように残りの2シーズンを過ごし、2005年、怪我のためついに引退を余儀なくされた[11]

2008年にエンシェーピングのコーチに就任し、後にスウェーデンの2部リーグに当たるスーペルエッタンで兼任選手として復帰した。エンシェーピングは負傷者が相次ぎ、選手が不足する状況であったためである。その状況は、復帰後2試合目で退場処分を受けたことでさらに浮き彫りになった。次節、ブロムクヴィストが出場停止となったエンシェーピングの登録選手は、わずか15名であった[18]。2008年9月15日、1-0で勝利したIKシリウス戦で、プロとして5年振りのゴールを挙げた[19]。このシーズン、リーグ戦10試合に出場したものの、結果的にはエンシェーピングをスーペルエッタンからの降格から救うことは叶わなかった。シーズン終了後にエンシェーピングを離れ、ハンマルビーのアシスタントマネージャーとして契約を交わした[20]

2010シーズン、ブロムクヴィストは再びピッチに立ち、スウェーデンカップトレッレボリ戦で85分から途中出場。ハンマルビーの選手兼コーチとして実際に試合に出場した稀有な存在となった[21]。ハンマルビーで過ごした期間は有意義なものではなく、2010年11月に双方合意の上で退団した[22]

2012年、ブロムクヴィストは引退し、事実上サッカーから離れ、商業について学び始めた[23]

スウェーデン代表

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ブロムクヴィストは、1994年のコロンビア戦でA代表としてデビューし[24]、その年のワールドカップで銅メダルを獲得したスウェーデン代表チームの一員であった。ワールドカップでは、カメルーン戦で先発出場し、優勝したブラジル戦ではヘンリク・ラーションとの交代で後半に途中出場した[25]。3位入賞への表彰として、代表チームのメンバーにはスヴェンスカ・ダーグブラーデット・ゴールドメダル英語版が授与された。2002 FIFAワールドカップのメンバーの候補にも挙げられていた[26]。通算では30試合に出場し、得点はなかった。

私生活

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ブロムクヴィストはスウェーデンのウメオにあるタヴェルショ英語版で生まれ育った。現在はスウェーデン在住であるが、クロアチアにも土地を所有している[27]。2005年の引退後は、スウェーデンのTV4でサッカー解説者を務めた。2006年9月に出身地であるウメオを訪れたときには、顔を殴られるという暴行事件の被害に遭った(この事件の加害者は起訴された)[28]

キャスパーという名の息子がいる[29]。弟のヨアキムも世代別代表に選出された経歴を持つ元サッカー選手で、指導者である[30]

退団から20年経過しても、マンチェスター・ユナイテッドが公式Twitterでブロムクヴィストの誕生日を祝福するなど、両者の関係は良好なようである[31][32]

個人成績

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クラブ

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
スウェーデン リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
1992ウメオ2部276-276
19931部112-112
1993ヨーテボリアルスヴェンスカン61-0061
1994248-10258
1995183-31214
1996256-50306
イタリア リーグ戦 イタリア杯オープン杯 期間通算
1996-97ミラン34セリエA191-00191
1997-981610-1020
パルマ28281-30311
イングランド リーグ戦 FLカップFAカップ 期間通算
1998-99マンチェスター・U15プレミア2511050311
1999-2000
2000-01
2001-02エヴァートン121510030181
2002-03チャールトン830001040
スウェーデン リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2003ユールゴーデンアルスヴェンスカン91-0091
200400-0000
200500-0000
2008エンシェーピングスーペルエッタン101-101
2010ハンマルビー60-1070
通算スウェーデン1部 112-112
スウェーデン2部 276-276
スウェーデンアルスヴェンスカン 8219-919120
スウェーデンスーペルエッタン 161-10171
イタリアセリエA 482-40522
イングランドプレミア 4321090532
総通算 227321023125133

代表

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代表チームでの出場・得点記録[33]

スウェーデン代表国際Aマッチ
出場得点
1994120
199520
199640
199760
199830
199920
200000
200100
200210
通算300

タイトル

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クラブ

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ウメオFC
  • スウェーデン2部(1992)
IFKヨーテボリ
  • アルスヴェンスカン(1993、1994、1995、1996)
マンチェスター・ユナイテッドFC
  • プレミアリーグ(1998-99
  • FAカップ(1998-99)
  • UEFAチャンピオンズリーグ(1998-99
ユールゴーデンIF
  • アルスヴェンスカン(2003)

個人

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  • スウェーデン年間ベストゴール(1995)
  • スウェーデン年間最優秀選手(1996)[6]
  • スウェーデン年間最優秀ミッドフィールダー(1996)[6]

脚注

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  1. 1 2 3 4 Frantz, Alf, ed (2008) (スウェーデン語). Det svenska fotbollslandslaget 1908–2008 [The Swedish National Football Team 1908–2008]. Vällingby: CA Strömberg AB. ISBN 978-91-86184-69-8
  2. Division 2 (3rd level) 1992”. Clas Glenning, RSSSF. 2009年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月16日閲覧。
  3. Umeå FC (スウェーデン語). Umeå FC. 2008年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月15日閲覧。
  4. Jesper Blomqvist-Manchester United FC”. www.sporting-heroes.net. 2008年8月15日閲覧。[リンク切れ]
  5. UEFA Champions League”. UEFA. 2008年8月15日閲覧。[リンク切れ]
  6. 1 2 3 4 Swedish player awards (スウェーデン語). Swedish FA. 2008年12月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月27日閲覧。
  7. Blomqvist unhappy at sub's role”. The London Independent. Newspaper Publishing PLC (1998年7月18日). 2009年3月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月15日閲覧。
  8. ACミラン [@acmilan] (2019年5月4日). “Balotelli, Blomqvist, Honda, Pazzini & Seedorf make our Top 5 Goals”. Instagramより2022年3月22日閲覧.
  9. Italy Championship 1997/98”. Maurizio Mariani. RSSSF. 2008年8月15日閲覧。
  10. Soccernet England: Jesper Blomqvist”. Soccernet. 2008年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月15日閲覧。
  11. 1 2 Jesper Blomqvist player profile”. 2008年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月15日閲覧。
  12. United crowned kings of Europe”. BBC (1999年5月26日). 2008年8月15日閲覧。
  13. Smith confirms Blomqvist deal”. Phil McNulty. BBC (2001年11月7日). 2008年8月15日閲覧。
  14. Everton see off Sunderland”. BBC Sport (British Broadcasting Corporation) (2002年1月12日). 2009年11月27日閲覧。
  15. Winger Blomqvist snubs "unprofessional" Boro”. The Northern Echo (2002年9月1日). 2008年8月15日閲覧。
  16. Sweden's Djurgarde sign Blomqvist”. ESPNsoccernet (2003年7月11日). 2008年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月15日閲覧。[リンク切れ]
  17. Blomqvist ska sänka sin gamla klubb (スウェーデン語). Carl Göransson. unt.se (2008年8月27日). 2008年12月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月14日閲覧。
  18. Match information: Mjallby AIF 3:0 Enkoping (スウェーデン語). Swedish FA. 2009年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月15日閲覧。
  19. Match information: Enkoping 1:0 Sirius (スウェーデン語). Swedish FA. 2009年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月17日閲覧。
  20. Urban Rybrink (2009年12月8日). Jesper Blomqvist: Bajen ledande på talangområdet (スウェーデン語). hammarbyfotboll.se. ハンマルビーIF. 2010年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年12月9日閲覧。
  21. “Stående ovationer för Blomqvist i comebacken” (スウェーデン語). Aftonbladet. 2011年11月12日閲覧.
  22. Ingen fortsättning för Jesper Blomqvist nästa år (スウェーデン語). Hammarby IF. 2011年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年11月12日閲覧。
  23. “Det gör 94-laget i dag - så gick det sen, del två”. Expressen (スウェーデン語). 3 July 2012. 2013年7月18日閲覧.
  24. Eight players who can illuminate this weeks quarter final”. The Independent London (1995年2月26日). 2009年3月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月15日閲覧。
  25. Brazil - Sweden”. FIFA. 2008年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月15日閲覧。
  26. Blomqvist in world cup frame”. BBC (2002年1月14日). 2008年8月15日閲覧。
  27. Jesper eyes Swedish return”. Sky Sports. 2011年7月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月9日閲覧。
  28. Blomqvist attacker prosecuted (スウェーデン語). TV4. 2008年12月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月9日閲覧。
  29. Jesper Blomqvist nya kärlek – berättar om Erica (スウェーデン語). femina.se (2021年1月8日). 2021年1月8日閲覧。
  30. Sujay Dutt (2009年12月9日). Blomqvist takes up Umeå reins (英語). UEFA.com. 2022年3月24日閲覧。
  31. ManUtdの2021年2月5日 のポスト、2022年3月22日閲覧。
  32. ManUtdの2022年2月5日 のポスト、2022年3月22日閲覧。
  33. Jesper Blomqvist – National Football Teams”. National Football Teams. 2013年1月18日閲覧。

外部リンク

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