イェジー・セムコフ

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イェジー・セムコフ
ファイル:Ежи Семкув.jpg
基本情報
生誕 (1928-10-12) 1928年10月12日
出身地 ポーランドの旗 ポーランドラドムスコフランスの旗 フランス
死没 (2014-12-23) 2014年12月23日(86歳没)
ジャンル クラシック音楽
職業 ヴァイオリニスト
担当楽器 ヴァイオリン

   

イェジー・セムコフ(Jerzy Semkow, 1928年10月12日 ラドムスコ - 2014年12月23日ローザンヌ[1])は、ポーランド人指揮者フランス帰化し、パリに住んだ。

経歴[編集]

1954年から1956年までレニングラードにおいてエフゲニー・ムラヴィンスキーの助手ならびに側近だった。ボリショイ劇場の指揮者に任命されるまでに、エーリヒ・クライバーブルーノ・ワルターにも師事している。その後は西欧のさまざまなオーケストラの常任指揮者や芸術監督を歴任し、ポーランド国立歌劇場デンマーク王立劇場ローマ・イタリア放送管弦楽団を指揮した後、渡米してロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団セントルイス交響楽団を結束させた。ヨーロッパの最も栄れある舞台においても、時にオペラを、時に交響楽を指揮している。

セムコフは、フランス政府から芸術勲章を、ワルシャワ・ショパン音楽院からは名誉博士号を、ポーランド政府からは芸術栄誉賞メダル(pl:Medal Zasłużony Kulturze Gloria Artis)を授与された。

イェール大学ニューヨークマンハッタン音楽学校においてマスタークラスを主宰し、後進を指導してきた。

演奏曲目はかなり幅広く、モーツァルトからシマノフスキにまで及ぶ。ベートーヴェンシューマンブラームスといったドイツロマン派音楽だけでなく、ロシア国民楽派も得意としている。モーツァルトの解釈は精彩に富み、推奨に値する。セムコフの棒さばきは堅牢で精確で力強いが、ソ連の大指揮者の系譜にあって、音色とニュアンスについて優れた感覚を発揮している。

ローザンヌにて死去。

脚注[編集]

  1. ^ Sarah Bryan Miller (2014年12月23日). “Jerzy Semkow, ninth music director of the St. Louis Symphony Orchestra, dies”. St. Louis Post-Dispatch. オリジナル2014年12月28日時点によるアーカイブ。. http://www.peeep.us/4f936a90 2014年12月28日閲覧。